○中小私鉄



中小私鉄に関する明確な定義はないが、一般的には大手私鉄、準大手私鉄を除いた民間鉄道事業者のうち、
地方自治体の資本参加のないものとされる。
また準大手私鉄も中小私鉄に含める場合もあり、準大手私鉄と中小私鉄を合わせて地方私鉄と呼ばれることもある。
国土交通省のホームページで紹介されている「地方鉄道・中小民鉄」で現有路線は61社。


 十和田観光電鉄 廃止

三沢から十和田市までの十和田観光電鉄線を所有する地方鉄道である。
1914年6月26日に十和田軌道として設立され、地方鉄道に変更し、
1920年10月30日に十和田鉄道に社名変更した。
1922年9月4日に鉄道線古間木(現・三沢)−三本木(現・十和田市)間が開業した。
1951年12月30日に十和田観光電鉄に社名変更した。
1968年5月16日午前9時48分に発生した十勝沖地震で被害を受け、
復旧費用を捻出できないことから国際興業に経営権を譲渡した。
2007年3月1日、経営悪化による新旧分離方式での事業再建を図るため、
受け皿会社“とうてつ”を設立し、全事業を譲渡した上で、
“とうてつ”を十和田観光電鉄に社名変更した。
2012年4月1日に十和田観光鉄道線は廃止されたが、
十和田観光電鉄はバス会社として存続している。

 十和田観光電鉄線/三沢−十和田市14.7km

 モハ3400形

1955年帝国車両製造に自社発注した通勤形車両。吊り掛け駆動方式。

編成 車両形式
3401編成 モハ3401

 モハ3600形

1990年に東急電鉄から譲渡された通勤型車両。吊り掛け駆動方式。

編成 車両形式 東急時代の車両形式 塗色
3603編成 モハ3603 デハ3650形3655 グリーン

 7200系
東急電鉄7200系を2002年に譲り受け、1両編成化し、両運転台化した通勤型車両。

編成 車両形式
7204編成 モハ7204
7305編成 モハ7305

 7700系

東急電鉄7700系を2002年に譲り受け、2両編成化した通勤型車両。

編成 車両形式
7701編成 モハ7701+クハ7901
7702編成 モハ7702+クハ7902
7703編成 モハ7703+クハ7903


7700系
十和田観光電鉄線


 弘南鉄道

弘南鉄道は弘前から黒石までを結ぶ弘南線、大鰐から中央弘前までの大鰐線を所有する。
1926年3月27日に設立され、1927年9月7日に弘前−津軽尾上間が部分開業、
1950年7月1日に弘南黒石(現・黒石)まで延伸して弘南線が全通した。
一方、1949年7月25日に弘前電気鉄道が設立され、1952年1月26日に大鰐−中央弘前間が全通した。
1970年10月1日に弘前電気鉄道が弘南鉄道に経営権を譲渡し弘南鉄道大鰐線となる。
1984年11月1日には国鉄黒石線川部−黒石間を譲渡され、黒石線とするが、1988年4月1日には廃止になった。

 弘前線/弘前−黒石間16.8km
 大鰐線/大鰐−中央弘前間13.9km

 6000系

東急電鉄6000系を譲渡され、大鰐線に投入されていたが、2006年10月31日に定期運用から離脱した。
譲渡されたのは東洋電機製造製の電装品、駆動装置を装備したC編成で4両編成3本12両中、4両が入線した。

 7000系

東急電鉄7000系ほ譲渡され、弘前線、大鰐線に投入された主力車両。
7000形は東急電鉄7000形先頭車。
7010形は東急電鉄7000形奇数車、7020形は東急電鉄7000形偶数車。
7100形は東急電鉄中間車7100形奇数車、7150形は東急電鉄中間車7100形偶数車。
1997年8月25日の衝突事故でデハ7104とデハ7151が廃車され、デハ7101+デハ7154に組み替えられた。

形式 編成 車両形式 東急時代の車両形式 入線時期 電気機器 投入線区 備考
7000形 7031編成 デハ7031+デハ7032 デハ7031+デハ7032 日立製 大鰐線  
7033編成 デハ7033+デハ7034 デハ7033+デハ7034  
7037編成 デハ7037+デハ7038 デハ7037+デハ7038  
7039編成 デハ7039+デハ7040 デハ7039+デハ7040  
7010形・7020形 7011編成 デハ7011+デハ7021 デハ7013+デハ7014 1989年 東洋電機製 弘南線  
7012編成 デハ7012+デハ7022 デハ7025+デハ7026 1990年  
7013編成 デハ7013+デハ7023 デハ7029+デハ7030 1990年  
7100形・7150形 7101編成 デハ7101+デハ7151 デハ7141+デハ7142 1989年 1999年6月デハ7104廃車
7102編成 デハ7102+デハ7152 デハ7143+デハ7144 1989年  
7103編成 デハ7103+デハ7153 デハ7109+デハ7108 1990年  
7104編成 デハ7104+デハ7154 デハ7169+デハ7154 1990年 1999年6月デハ7104廃車
7105編成 デハ7105+デハ7155 デハ7153+デハ7122 1990年  


6000系
大鰐線
7000系
大鰐線
7000系
弘南線


  福島交通

鉄道線は飯坂線を所有するが、経営の基盤はバス路線の運行である。
1907年8月1日に信達軌道として設立され、福島から飯坂への軌道線を敷設した。
1908年7月28日には大日本軌道と合併し、同社福島支社となった。
大日本軌道と合併した企業は現在でも静岡鉄道静岡清水線、遠州鉄道鉄道線として営業されているほか、
現在JR可部線となった可部鉄道も同社の広島支社である。
1917年9月6日に信達軌道が再び設立され、1918年1月8日に大日本軌道福島支社の全事業を承継した。
1926年1月に社名を福島電気鉄道に変更、1927年10月1日には飯坂電車を合併、
1962年7月12日に福島交通に社名変更した。
1986年7月9日に新福島交通が設立、同年10月1日に福島交通が鉄道とバス部門を分離譲渡し、
同年12月12日に新福島交通が福島交通に社名変更した。
2008年にも経営が悪化して4月11日に会社更生法を申請、2009年1月31日に認可、同年5月31日に手続きが完了した。
2009年月31日に既存株式を100%減資し、みちのりホールディングスから出資を受けて同社の100%子会社となる。

 飯坂線/福島−飯坂温泉9.2km

 7000系

1991年6月25日の昇圧に伴い、東急電鉄から7000系を譲渡された。
元中間車に運転台を設置し、2両編成4本、3両編成2本を所有する。

車両形式 東京時代の車両形式 導入年 備考
デハ7101+デハ7202 デハ7126+デハ7125 1991年 ※冷房車
デハ7103+デハ7204 デハ7124+デハ7157 1991年 ※冷房車
デハ7105+デハ7206 デハ7158+デハ7123 1991年 ※冷房車
デハ7107+デハ7208 デハ7116+デハ7147 1991年 ※2001年4月8日の福島駅駅ビル衝突事故で廃車
デハ7109+デハ7210 デハ7148+デハ7115 1991年  


車両形式 東京時代の車両形式 導入年 備考
デハ7111+サハ7316+デハ7212 デハ7118+サハ7134+デハ7117 1991年  
デハ7113+サハ7315+デハ7214 デハ7140+サハ7107+デハ7129 1991年  


7000系
飯坂線


 松本電気鉄道

1920年(大正9年)に設立された筑摩鉄道がはじめで、1922年に松本−島々間が全通した。
1924年には浅間軌道線が開業したが1964年には廃止されている。
1922年に筑摩電気鉄道に社名変更、1932年に松本電気鉄道に社名変更された。
戦時下に松本自動車と合併、その後も多くの企業と合併し、レジャー産業グループとして成長した。
1983年には災害により新島々−島々間が休止になり、翌年には正式に廃止された。
1990年にはCI戦略で交通部門統一愛称「Highland Express」になり、
1992年にはグループの名称が「ALPICO GROUP/アルピコグループ」に決定された。

 上高地線/松本−新島々14.4km

 3000系

1999年10月に登場した通勤型電車で、京王電鉄井の頭線3000系を譲渡された。

車両形式 京王時代の車両形式 譲渡年
モハ3001+クハ3002 デハ3109+デハ3059 1999年10月
モハ3003+クハ3004 デハ3108+デハ3058 1999年10月
モハ3005+クハ3006 デハ3106+デハ3056 2000年7月
モハ3007+クハ3008 デハ3107+デハ3057 2000年7月


3000形
上高地線


 上田電鉄

上田電鉄は1920年に上田温泉軌道の社名で設立された旧上田電鉄と、
1916年に設立された丸子鉄道が1943年に合併して誕生した。
合併時は上田丸子交通を名乗っていたが、1969年5月31日に上田交通に社名変更された。
上田電鉄が施設した青木線、西丸子線、真田傍陽線、丸子鉄道が施設した丸子線などがあったが何れも廃線になり、
現在では上田から別所温泉までの11.6kmの別所線のみが残る。
1958年に東急電鉄の系列になる。
2005年10月3日に鉄道部門を独立させて上田電鉄とし、
上田交通は持ち株会社となった。

 別所線/上田−別所温泉11.6km

 7200系

老朽化した5000系を置き換えるため、東急電鉄から7200系を譲り受け、
1993年5月28日から運用を開始した通勤形電車である。

編成 車両形式 制御電動車の東急時代の車番 制御電動車製造年月 制御車の東急時代の車番 制御車の製造年月 備考
7251編成 モハ7251+クハ7551 デハ7257 1968年3月 クハ7551 1967年3月 ※2008年3月15日運用離脱→豊橋鉄道に譲渡
7252編成 モハ7252+クハ7552 デハ7252 1967年3月 クハ7557 1968年3月 ※2008年10月頃運用離脱→モハ7252東急車輌に譲渡、構内入換用
7253編成 モハ7253+クハ7553 デハ7253 1967年9月 クハ7553 1967年9月 ※丸窓編成のラッピング「まるまどどりーむ号」→2014年9月運用離脱→廃車解体
7254編成 モハ7254+クハ7554 デハ7254 1967年9月 クハ7511 1968年11月 ※帯なし、2008年10月頃運用離脱→モハ7254東急車輌に譲渡、構内入換用
7255編成 モハ7255+クハ7555 デハ7258 1968年3月 クハ7558 1968年8月 ※丸窓編成のラッピング「まるまどりーむ号」


 1000系

7200系置き換えのため、東急電鉄から1000系を譲り受け、
2008年8月1日から運用を開始した通勤型車両である。

編成 車両形式 制御電動車の東急時代の車番 制御車の東急時代の車番 製造年月 譲渡年月 備考
1001編成 モハ1001+クハ1101 デハ1315 クハ1015 1991年9月 2008年8月 ※真田丸ラッピングトレイン
1002編成 モハ1002+クハ1102 デハ1318 クハ1018 1991年10月 2008年8月 ※原田泰治デザインの「自然と友だち1号」ラッピング
1003編成 モハ1003+クハ1103 デハ1314 クハ1014 1991年9月 2008年12月 ※原田泰治デザインの「自然と友だち2号」ラッピング
1004編成 モハ1004+クハ1104 デハ1316 クハ1016 1991年10月 2009年2月 ※まるまどりーむ号


 6000系

7200系置き換えのため、東急電鉄から1000系中間車を改造、
2015年3月に運用を開始した通勤型車両である。

編成 車両形式 制御電動車の東急時代の車番 制御車の東急時代の車番 製造年月 譲渡年月 備考
6001編成 モハ6001+クハ6101 デハ1305 クハ1255 1989年11月 2015年3月 ※さなだどりーむ号


7200系
別所線


 長野電鉄

1920年に創立した河東鉄道と1923年に創立した長野電気鉄道が1926年9月30日に合併して誕生した地方鉄道である。
JR長野駅から須坂を経由して湯田中に至る長野線33.2kmと長野線須坂からしなの鉄道屋代までを結ぶ屋代線24.4kmを所有する。
1925年に開業した河東線信州中野−木島間は2002年4月1日付けで廃線となっている。

 長野線/長野−湯田中33.2km
 屋代線/屋代−須坂24.4km

 1000系

小田急電鉄のロマンスカー用特急車両10000形HiSEを無償譲渡された、特急形車両である。
小田急電鉄では11両編成だったが、譲渡に当たり、4両編成化された。
「ゆけむり」の愛称が付けられ、2006年12月9日から営業運転されている。

編成 車両形式 小田急時代の車両形式 譲渡時期
S1編成 デハ1001+モハ1011+モハ1021+デハ1031 デハ10031+デハ10030+デハ10022+デハ10021 2005年8月12日
S2編成 デハ1002+モハ1012+モハ1022+デハ1032 デハ10071+デハ10070+デハ10062+デハ10061 2005年8月12日


 2000系

1957年から1964年にかけて日本車両製造によって造られた特急形車両である。
現在は4編成中2編成が現存し、B特急に従事している。

編成 車両形式 備考
A編成 モハ2001+サハ2051+モハ2002 ※マルーン色塗装
B編成 モハ2003+サハ2052+モハ2004 ※2005年8月廃車
C編成 モハ2005+サハ2053+モハ2006 ※2006年12月廃車
D編成 モハ2007+サハ2054+モハ2008 ※りんご色塗装


 3500系

営団地下鉄日比谷線用3000系を譲渡され、2両編成化した通勤型車両である。
通常車両がN編成でNormalの意、バス用の運賃箱と運賃表示器が設置されたがO編成でOne manの意である。

編成 車両形式 営団時代の車両形式 備考
N1編成 モハ3501+モハ3511 3001+3002 ※現在廃車
N2編成 モハ3502+モハ3512 3043+3044 ※現在廃車
N3編成 モハ3503+モハ3513 3049+3050  
N4編成 モハ3504+モハ3514 3059+3060  
N5編成 モハ3505+モハ3515 3061+3062  
N6編成 モハ3506+モハ3516 3065+3066  
N7編成 モハ3507+モハ3517 3051+3052  
N8編成 モハ3508+モハ3518 3039+3040  
O1編成 モハ3521+モハ3531 3031+3032  
O2編成 モハ3522+モハ3532 3037+3038  
O3編成 モハ3523+モハ3533 3041+3042 ※現在廃車
O4編成 モハ3524+モハ3534 3077+3046 ※モハ3524の種車は3045だったが、踏切事故で3077に交換された。、現在廃車
O5編成 モハ3525+モハ3535 3057+3058  
O6編成 モハ3526+モハ3536 3075+3076  


 3600系

営団地下鉄日比谷線用3000系を譲渡され、3両編成化した通勤型車両である。
全てがL編成で3両編成のためLongの意である。

編成 車両形式 営団時代の車両形式 備考
L1編成 クハ3651+モハ3601+モハ3611 3053+3523+3054 ※運用離脱
L2編成 クハ3652+モハ3602+モハ3612 3055+3571+3056  
L3編成 クハ3653+モハ3603+モハ3613 3067+3527+3068 ※運用離脱


 8500系

東急電鉄田園都市線で使用されていた8500系を2005年より譲渡され、3両編成化された通勤型車両である。

編成 車両形式 東急時代の車両形式 営業運転開始 備考
T1編成 8511+8551+8501 8601+8903+8501 2005年9月2日  
T2編成 8512+8552+8502 8602+8908+8502 2005年9月2日  
T3編成 8513+8553+8503 8603+8905+8503 2006年9月3日  
T4編成 8514+8554+8504 8605+8910+8505 2006年9月3日  
T5編成 8515+8555+8505 8624+8556+8506 2009年4月11日  
T6編成 8516+8556+8506 8841+8944+8730 2009年4月11日 ※中間車先頭化編成


10系
「新OSカー」
1000系
「ゆけむり」
2000系
長野線
2000系
長野線
3500系
長野線


8500系
長野線


 上信電鉄

高崎から余地峠を越えて佐久鉄道(現・小海線)の羽黒下まで計画された地方中小私鉄で、
1895年に上野鉄道(こうずけてつどう)の名で会社が設立、1897年9月に下仁田まで開業するがその先の延伸は実現しなかった。
1921年8月25日に上信電気鉄道に社名変更、 1964年5月11日に上信電鉄に改称された。
デキ1形電気機関車を所有していることでも有名、松本零士氏の「銀河鉄道999」のキャラが描かれて電車も運行されている。
多くの車両は西武鉄道から譲渡されて運行しているが資本関係はない。

 上信線/高崎−下仁田33.7km

 150形

100形の置き換え用として1994年から1996年にかけて西武鉄道から購入した通勤形車両で、
2両編成×3本=6両が購入された。

編成 車両形式 西武時代の車両形式 営業運転開始 備考
第1編成 クモハ151+クモハ152 クモハ408+クモハ407 1992年5月 ※西武時代の種車クモハ414、クハ1453
第2編成 クモハ153+クモハ154 モハ802+モハ801 1994年4月 ※種車が4両編成のために運転台を移植
第3編成 クモハ155+クモハ156 モハ756+モハ755 1996年8月 ※種車が4両編成のために運転台を移植


 200形

1964年に登場した自社発注車で、制御電動車のデハ200形5両、制御車クハ300形4両が新造。
20m級、片運転台、片側両開き3扉、1次車は片運転台、2次車は両運転台となった。
主電動機は直流整流子電動機東洋電機製造TDK806/4-D形、モーター出力100kW、中空軸平行カルダン駆動。

形式 製造年 製造メーカー 備考
デハ201 1964年 東洋工機 ※2004年廃車、解体
デハ202 1964年 東洋工機 ※2005年廃車、解体
デハ203 1964年 東洋工機 ※2013年廃車、高崎検車区に留置
デハ204 1967年 西武鉄道所沢車両工場 ※1989年両運転台化
デハ205 1967年 西武鉄道所沢車両工場 ※1990年両運転台化
形式 製造年 製造メーカー 備考
クハ301 1964年 東洋工機 ※2004年廃車、解体
クハ302 1964年 東洋工機 ※2005年廃車、解体
クハ303 1967年 西武鉄道所沢車両工場  
クハ304 1967年 西武鉄道所沢車両工場  


 250形

1981年に6000系と同時に新潟鐵工所でデハ251、デハ252の2両が製造された通勤形電車。
20m級、両運転台で単行運転のほか、200形と編成を組むことも出来るように設計されている。

 300形

1964年に登場した自社発注車で、制御クハ300形として制御電動車デハ200形と編成を組む。
20m級、片運転台、片側3扉、ラッシュ時にはクハ300形を2両連結して3両編成での運用もあった。

 500形

西武鉄道101系を西武車両でワンマン対応に改造の上、導入した通勤形電車。
2両編成、主電動機は直巻整流子電動機、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

 1000系

旧型車置き換えのために1976年に新潟鐵工所で製造された自社発注の通勤形電車。
3両編成×1本=3両、クモハ1001+モハ1201+クハ1301が製造された。
しかし利用客減少のために3両編成では輸送力過剰となり、2001年8月に3両編成での運用を終了、
モハ1201にクハ1301の運転台を接合し、2両編成として2002年1月から営業運転に復帰した。

 6000系

旧型車置き換えのために1981年に新潟鐵工所で製造された自社発注の通勤形電車。
2両編成×1本=2両、クモハ6001+クモハ6002が製造された。
日野自動車の車体広告車となった際に日野自動車のエンブレムが設置された。

7000形

富岡製糸場の世界遺産登録に合わせて2013年に登場した自社発注車。
2両編成×1本=2両、クモハ7001+クモハ6002が新潟トランシスで製造された。
普通鋼製、20m級、片運転台、片側両開き3扉、
主電動機はかご形三相誘導電動機SEA-427D形、主電動機出力190kW、
制御方式はIGBT素子VVVFインバータ制御、駆動装置はTD継手式平行カルダン。

150形
上信線
150形
上信線
200系
上信線
250形
上信線
300形
上信電鉄


300形
上信線
1000系
上信線
6000系
上信線
7000形
上信線


 上毛電気鉄道

1926年5月27日に設立され、中央前橋から西桐生間の鉄道路線を有する地方鉄道である。
1928年11月10日に上毛線中央前橋から西桐生間が開業した。
赤城駅で接続する東武鉄道が筆頭株主で、他に上信電鉄も大株主となっている。
第三セクターではないが、群馬県や沿線自治体の補助金を受けて運営されている。

 上毛線/中央前橋−西桐生25.4km

 デハ100型

1928年11月の上毛線開業時に川崎車輌でデハ101〜104、デハニ51、デハニ52の6両が製造された吊り掛け駆動式旧型電車。
開業時から主力車として運用されていて、現在もデハ101とデハ104が動態保存され、事業用、イベント用として使用されている。
半鋼製、16m級、非貫通、両運転台、ロングシート、デハニは片側に荷物室を併設、
主電動機は芝浦SE-132B、モーター出力74.6kw、非自動間接式制御、吊り掛け駆動。

 700型

1998年から2000年にかけて京王電鉄3000系を譲り受け、2両編成に改造した通勤型電車。
導入に際しては地元自治体からの支援も受け、制御電動車デハ710型+制御車クハ720型の2両編成である。
2両編成×8本=16両が在籍、京王3000系同様、車両ごとにイメージカラーを纏っている。

編成名 上毛手電気鉄道の車両番号 京王電鉄時代の車両番号 正面上半分の塗色
第1編成 デハ711+クハ721 クハ3757+クハ3707 薄青緑色(フィヨルドグリーン)
第2編成 デハ712+クハ722 クハ3758+クハ3708 青(ロイヤルブルー)
第3編成 デハ713+クハ723 クハ3756+クハ3706 赤(フェニックスレッド)
第4編成 デハ714+クハ724 クハ3759+クハ3709 黄色(サンライトイエロー)
第5編成 デハ715+クハ725 クハ3009+クハ3007 桃色(ジュエルピンク)
第6編成 デハ716+クハ726 クハ3008+クハ3055 淡青色(パステルブルー)
第7編成 デハ717+クハ727 クハ3006+クハ3105 薄緑色(ミントグリーン)
第8編成 デハ718+クハ728 クハ3760+クハ3710 オレンジ色(ゴールデンオレンジ)


700型
フェニックスレッド
上毛線
700型
ジュエルピンク
上毛線
700型
サンライトイエロー
上毛線
700型
フィヨルドグリーン
上毛線


秩父鉄道

埼玉県北部に秩父本線を所有する鉄道会社で太平洋セメントが筆頭株主。
秩父から産出されるセメントや武甲山の石灰石を運ぶ貨物輸送も盛んである。
1899年に設立された上武鉄道が前身で1901年に熊谷−寄居間が開業した。
1916年に秩父鉄道に改称した。
一方、1921年に羽生−行田(現・行田市)間を開設した北部鉄道を1922年に合併して、
19630年までには羽生−三峰口間が全線開業した。
1979年には貨物専用路線の三ヶ尻線も開業し、
私鉄としては珍しく貨物営業が元気な鉄道会社である。
1988年からはSL列車「パレオエクスプレス」運転開始され、
沿線の観光開発にも力を入れている。
因みに「パレオ」とは、秩父地方に2000年前に生息していた海獣「パレオパラドキシア」に因んでつけられた。

 秩父本線/羽生−三峰口71.7km

 1000系

吊り掛け式旧型電車置き換えのため、1986年から1989年にかけて国鉄、JR東日本から101系を譲受した通勤形電車。
国鉄時代の最初の新性能電車である101系のうち状態のよいものを3両編成×12本=36両購入した。

編成 秩父鉄道車両番号 国鉄時代の車両番号 廃止年月日 備考
1001号編成 デハ1001+デハ1101+クハ1201 クモハ100-117+モハ101-100+クハ101-58 現役 スカイブルー(青22号)塗色車
1002号編成 デハ1002+デハ1102+クハ1202 クモハ100-140+モハ101-179+クハ101-61 2012年5月20日 旧型車両塗色車
1003号編成 デハ1003+デハ1103+クハ1203 クモハ100-133+モハ101-118+クハ101-62 現役 オレンジバーミリオン(朱色1号)塗色車
1004号編成 デハ1004+デハ1104+クハ1204 クモハ100-183+モハ101-252+クハ101-75 2009年2月28日  
1005号編成 デハ1005+デハ1105+クハ1205 クモハ100-166+モハ101-222+クハ101-64 2011年12月13日  
1006号編成 デハ1006+デハ1106+クハ1206 クモハ100-1013+モハ101-1013+クハ101-65 2009年3月31日  
1007号編成 デハ1007+デハ1107+クハ1207 クモハ100130-+モハ101-112+クハ101-66 現役 旧型車両塗色車
1008号編成 デハ1008+デハ1108+クハ1208 クモハ100-154+モハ101-212+クハ101-79 2011年8月23日  
1009号編成 デハ1009+デハ1109+クハ1209 クモハ100-174+モハ101-236+クハ101-80 2011年2月19日 ウグイス色(黄緑6号)関西本線塗色
1010号編成 デハ1010+デハ1110+クハ1210 クモハ100-160+モハ101-208+クハ101-73 現役  
1011号編成 デハ1011+デハ1111+クハ1211 クモハ100-175+モハ101-237+クハ101-81 2010年3月25日 オレンジバーミリオン(朱色1号)塗色車
1012号編成 デハ1012+デハ1112+クハ1212 クモハ100-+モハ101-+クハ101- 2010年12月3日 カナリアイエロー(黄1号)塗色車


 3000系

老朽化した300系の置き換え用に国鉄165系を1992年に購入、自社改造した急行形電車である。
JR東日本新前橋電車区(現・高崎車両センター)所属の165系3両編成×3本=9両を購入、改造した。
主に急行「秩父路」に使用されたが、老朽化により2006年に後続の6000系に置き換え、全車廃車となった。
主電動機は直流直巻MT54形、モーター出力105kW、抵抗制御。

編成 秩父鉄道車両番号 国鉄時代の車両番号
第1編成 デハ3001+デハ3101+クハ3201 クモハ165-91+モハ164-55+クハ165-93
第2編成 デハ3002+デハ3102+クハ3202 クモハ165-82+モハ164-50+クハ165-86
第3編成 デハ3003+デハ3103+クハ3203 クモハ165-93+モハ164-57+クハ165-95


 5000系

老朽化した2000系置き換え用として東京都交通局6000形を譲り受けて自社改造した通勤形電車。
都営三田線用に1972年に製造された車両を1999年に譲渡、3両編成化し、3両編成×4本=12両が運用に着いた。
基本的には普通列車に充当されているが、急行車両が検査などで不足した時には急行運用に着くこともある。

編成 秩父鉄道車両番号 都営時代の車両番号 備考
5001編成 デハ5001+デハ5101+クハ5201 6191、6196、6198  
5002編成 デハ5002+デハ5102+クハ5202 6241、6246、6248  
5003編成 デハ5003+デハ5103+クハ3203 6251、6256、6258  
5004編成 デハ5004+デハ5104+クハ3204 6261、6266、6268 ※2011年11月1日の踏切事故で運用離脱


 6000系

老朽化した3000系の置き換え用に西武鉄道新101系を譲り受けて自社改造した急行形電車。
2005年に西武鉄道新101系4両編成×3本=12両購入、
制御車の運転台を切り離して電動車に移設し、3両編成×3本=9両に再構成した。
クロスシート、モーター出力150kW、電動カム軸式抵抗制御。

編成 秩父鉄道車両番号 西武時代の車両番号 西武時代の編成番号
6001編成 デハ6001+デハ6101+クハ6201 クハ1230/モハ230+モハ229+クハ1229 229編成
6002編成 デハ6002+デハ6102+クハ6202 クハ1232/モハ232+モハ231+クハ1231 231編成
6003編成 デハ6003+デハ6103+クハ6203 クハ1234/モハ233+モハ229+クハ1233 233編成


 7000系

老朽化した1000系の置き換え用に東急電鉄8500系を譲り受けて2009年3月26日から営業運転を開始した通勤形電車。
8両が譲受され、3両編成×2本=6両が営業運転に開始、8745、8830の2両は部品供給車となった。
20m級、片側両開き4扉、ロングシート、7002編成は中間車から先頭車両化改造が施されている。
主電動機は直流複巻電動機TKM-69形、モーター出力130KW、界磁チョッパ制御、TD平行カルダン駆動。

編成 秩父鉄道車両番号 東急時代の車両番号
7001編成 デハ7001+デハ7101+クハ7201 デハ8509+サハ8950+デハ8609
7002編成 デハ7002+デハ7102+クハ7202 デハ8709+サハ8926+デハ8809


 7500系

老朽化した1000系の置き換え用に東急電鉄8090系を譲り受けて2010年3月25日から営業運転を開始した通勤形電車。

8両が譲受され、3両編成×2本=6両が営業運転に開始、8745、8830の2両は部品供給車となった。

20m級、片側両開き4扉、ロングシート、7002編成は中間車から先頭車両化改造が施されている。
主電動機は直流複巻電動機TKM-69形、モーター出力130KW、界磁チョッパ制御、TD平行カルダン駆動。

編成 秩父鉄道車両番号 東急時代の車両番号
7501編成 クハ7701+デハ7601+デハ7501 クハ8092+デハ8192+クハ8091
7502編成 クハ7702+デハ7602+デハ7502 クハ8084+デハ8184+クハ8083
7503編成 クハ7703+デハ7603+デハ7503 クハ8086+デハ8186+クハ8085
7504編成 クハ7704+デハ7604+デハ7504 クハ8094+デハ7604+クハ7504
7505編成 クハ7705+デハ7605+デハ7505 クハ8088+デハ8188+クハ8087
7506編成 クハ7706+デハ7606+デハ7506 クハ8096+デハ8196+クハ8095


1000系
秩父本線
1000系
1001編成
秩父本線
1000系
1009編成
秩父本線
1000系
1011編成
秩父本線
1000系
1012編成
秩父本線


3000系
「秩父路」
5000系
秩父本線
6000系
「秩父路」


 日立電鉄 廃止

2005年3月まで日立電鉄線を営業していた鉄道会社である。
1927年7月30日に常北電気鉄道として設立され、
翌年12月27日に大甕−久慈(現・久慈浜)間が開業、
1929年7月3日には常北太田駅まで延伸した。
1941年に日立製作所の傘下に入り、1944年7月31日に日立バスと合併し、日立電鉄に改称する。
大甕−鮎川間が開業したのは戦後になってからの1947年9月1日になってからである。
利用客の減少や設備更新の経費が捻出できないことなどから、2005年4月1日に全線が廃止された。
同年10月1日に日立電鉄バス、日立電鉄観光、日立電鉄サービスを統合して日立電鉄交通サービスを設立、
日立電鉄は日立電鉄交通サービスの持ち株会社となった。

 日立電鉄線/常北太田−鮎川18.1km

 2000形

老朽化した旧型車両置き換えのため、営団地下鉄(元・東京メトロ)銀座線の2000形を導入した片運転台の通勤形電車。
銀座線と日立電鉄では集電装置、レール幅が異なるため、日比谷線3000系の台車、主電動機などを流用した。
改造は京王重機整備が担当、1991に登場し、日立電鉄線の廃止まで使用された。
制御電動車の2000形10両、制御車の7両が導入、2両編成、及び3両編成として運行された。

 3000形

老朽化した旧型車両置き換えのため、営団地下鉄(元・東京メトロ)銀座線の2000形を導入した両運転台の通勤形電車。
銀座線と日立電鉄では集電装置、レール幅が異なるため、日比谷線3000系の台車、主電動機などを流用した。
改造は京王重機整備が担当、1991に登場し、日立電鉄線の廃止まで使用された。
制御電動車7両を導入、閑散時の単行運転用に使用、のちに運用見直しで2両編成化された。

2000系
日立電鉄線
3000系
日立電鉄線


 流鉄

常磐線馬橋駅から流山までを結ぶ5.7kmを所有する地方鉄道で、
1913年11月17日に地元有志116名の出資により流山軽便鉄道として設立された。
他鉄道会社との合併や資本参加はなく地元に根付いた鉄道として存続している。
社名変更が多いことでも有名で、開業当初は「流山軽便鉄道」として設立、
1922年11月15日に「流山鉄道」に改称、
1951年11月28日に「流山電気鉄道」に改称、
1967年6月20日に「流山電鉄」に改称、
1971年1月20日に「総武流山電鉄」に改称、
2008年8月1日に「流鉄」に改称、同時に路線名を流山線に変更した。

 流山線/馬橋−流山5.7km

 2000系

ワンマン運転対応の2両編成車両。4両編成の種車の電動車に制御車の運転台を取付て2両編成化した。

編成 車両形式 西武時代の車両形式 入線時期 塗色
青空 クモハ2001+クモハ2002 801系803編成/クハ1803+モハ803+モハ804+クハ1804 不明 青色に白い帯
なの花 クモハ2005+クモハ2006 701系757編成/クハ車両番号不明+モハ757+モハ758+クハ車両番号不明 不明 黄色に黄緑の帯

 3000系

元西武鉄道101系の3両編成。

愛称 車両形式 西武時代の車両形式 入線時期 塗色
若葉 不明 101系131編成 2000年 黄緑色に白い帯
流星 不明 101系135編成 1999年 橙色に白い帯

 5000系

元西武鉄道新101系の2両編成。

愛称 車両形式 西武時代の車両形式 入線時期 塗色
流馬 クモハ5001+クモハ5101 新101系273編成 2009年 水色に白い帯


2000系流山線
「なの花」
2000系流山線
「明星」
2000系流山線
「青空」
3000系流山線
「若葉」
3000系流山線
「流星」


 銚子電気鉄道

もともとは1913年12月28日に地元の有志によって設立された銚子遊覧鉄道が礎で、
この会社の敷設した銚子−犬吠間は約4年で廃止された。
この時の社員が1922年10月10日に再び設立させたのが銚子鉄道で、
1923年7月5日に廃線跡に銚子−犬吠間を敷設、更に漁港があった外川まで延伸させて開業した。
開業当時は非電化だったが、1925年7月1日に直流電化された。
1948年8月20日に銚子電気鉄道に社名変更する。
1990年1月に京成電鉄グループの千葉交通から東金市の地元工務店が設立した銚電恒産に経営権が移った。
しかし同社が1998年6月に事実上倒産し、同社社長が銚子電鉄名義の資金を横領するなど、
また老朽化した車両や地上設備などの更新費用に貧窮したが、
銚子名物の醤油を使ったぬれ煎餅を発売し、ネットを通じて社員が切実に救済を訴えたことが話題となり、
ぬれ煎餅は銚子電鉄を語るのに欠かせないものとなった。

 銚子電気鉄道線/銚子−外川6.4km

 デハ700形

近江鉄道モハ51形51、52の2両を1978年に譲り受け、デハ701、デハ702とした。
この車両はもともと1928年に川崎造船所で製造された電動貨車デユワ101形であり、
それを1941年に日本鉄道自動車で鋼体化したものである。
2010年に営業運転を終了して廃車、現在は2両とも千葉県いすみ市の「ポッポの丘」に静態保存されている。

 デハ800形

1950年に製造された伊予鉄道クハ400形405号車を電動車化して片運転台化してモハ100形106号車となり、
さらに両運転台化した後に銚子電鉄に入線、デハ800形801号車として運行、
2010年9月23日に営業運転を終了、現在は予備車扱いとなっている。

 デハ1000形

日立電鉄に譲渡予定だったが計画変更になった営団地下鉄2000形2046号車、2040号車に、
2000形2033号車、2039号車の運転台を組み合わせて両運転台化して銚子電鉄に入線、運行している。

 デハ2000形

伊予鉄道で運行されていた直流600Vに減圧されて運行されていた元京王3000系の、
伊予鉄道800系2両編成×2本=4両を譲り受け、2両編成のままで運行している。
デハ2001+クハ2501、デハ2002+クハ2502。

デハ700形
銚子電気鉄道線
デハ800形
銚子電気鉄道線
デハ1000形
銚子電気鉄道線
デハ1000形
銚子電気鉄道線
1000形
銚子電気鉄道線


2000形
銚子電気鉄道線
2000形
銚子電気鉄道線
2000形
銚子電気鉄道線
2000形
銚子電気鉄道線


 箱根登山鉄道

箱根登山鉄道は1888年2月1日に設立された小田原馬車鉄道に端を発する。
馬車鉄道として同年10月1日に国府津から小田原を経て湯本までの区間を開業させる。
1896年10月31日には社名を小田原電気鉄道に変更し、1900年3月21日までに全線電化を成し遂げる。
1919年6月1日には箱根湯本から強羅までの鉄道線も開業させるが、
1920年12月6日に国府津−小田原間の市内線を廃止される。
1928年1月21日に小田原電気鉄道は日本電力と合併し、
同年8月16日に新たに箱根登山鉄道が設立され、日本電力から鉄道線の事業を譲渡される。
1935年10月1日に現在の路線である小田原−箱根湯本間の鉄道線が開業し、
市内線は箱根板橋−箱根湯本間が廃止され、1956年6月1日に小田原−箱根板橋の市内線も廃止された。
戦時中の1942年5月30日には日本電力が箱根登山鉄道の持株を東京急行電鉄に譲渡、東急の子会社となる。
東急は小田急、京急、京王を次々と合併し、巨大な首都圏の私鉄王国を作り上げるが、
戦後GHQの指導によって再び元の会社に分割された。
この時に小田原までの路線を持っている小田急が箱根登山鉄道を子会社に組み入れることを希望し、
その代わり小田急だった井の頭線が路線の少ない京王に割り当てられた。
そのため今でも京王本線と京王井の頭線は軌間が違っていて、
下北沢では京王井の頭線と小田急小田原線の線路が繋がっている。
2003年8月1日には小田急の完全子会社となり、
2004年10月1日には小田急箱根ホールディングスに商号変更して純粋持株会社に移行、
同時に新たな箱根登山鉄道が新設され、鉄道事業を引き継いだ。

 鉄道線(箱根登山電車)/小田原−強羅15.0km
  ※小田原−入生田/軌間1067mm
  ※入生田−箱根湯本/1067mmと1435mmの三線軌
  ※箱根湯本−強羅/1435mm

 モハ1形

1950年の小田急からの直通運転開始に伴い、複電圧車として製造された車両で、
小田原電気鉄道によって1919年に製造された木造電車チキ1形の台車と主電動機を流用、
チキ1形の車両番号に100を加えて付番したため、チキ5形が事故廃車になったに105号車は存在しない。
両運転台車だが、1993年に片側の運転台を撤去、貫通扉を設置して2両固定編成に改められた。
103号車+107号車、104号車+106号車の4両が現存、101号車、102号車は廃車された。
14.6m級、半鋼製2軸ボギー車、片側2扉、ロングシート、単位スイッチ式手動加速抵抗制御RMK106-B形、
吊り掛け駆動式、電磁SME(非常管併設電磁弁付三管式直通空気制動)制御。

 モハ2形

小田原電気鉄道が1927年に製造した木造ボギー車チキ2形チキ8〜チキ10と、
1935年小田原から箱根湯本間が開通した時に製造されたチキ111、チキ112の5両からなる車両で、
後に称号を“チキ”から“モハ”に変更、1955年から1957年の車体更新時にモハ8〜10がモハ108〜110に改称された。
両運転台の車両であるが、現在箱根登山電車は単行運転しておらず、2両で運転若しくはモハ1形に連結して3両で運行される。
現在モハ108、モハ109、モハ110が在籍している。
半鋼製車体、2軸ボギー車、片側2扉、14.6m級、セミクロスシート、
単位スイッチ手動加速式抵抗制御、中空軸撓み接手平行カルダン駆動。

 1000形

1981年に誕生した片運転台の新造車で、姉妹提携を結ぶスイスのレーティッシュ鉄道ベルニナ線に因みベルニナ号の愛称がある。
第1編成クモハ1001+クモハ1002に加え、1984年には老朽化した車両の置き換えとして第2編成クモハ1003+クモハ1004も誕生、
誕生当時は抵抗器を屋根上部に設置した関係から冷房装置は搭載されなかったが、
2004年に冷房化のために冷房電源供給のための中間車両モハ2200形を組み込み、3両編成とした。
14.6m級、全鋼製2軸ボギー車、片側2扉、転換クロスシート、抵抗制御、中空軸撓み継手平行カルダン駆動。

 2000系

1989年箱根登山鉄道創立100周年を記念して誕生した片運転台の新造車で、
姉妹提携を結ぶスイスのレーティッシュ鉄道の経由地サンモリッツに因みサンモリッツ号の愛称がある。
1989年に第1編成が2両編成で、1991年に第2編成が2両編成で誕生、1993年に中間車を製造、3両編成となった。
1997年には3両編成で第3編成が誕生、2004年に1000形冷房化のために第1編成、第2編成の中間車を供出、
第1編成と第2編成は2両編成、第3編成のみ中間車を連結する3両編成となり運転されている。
14.6m級、全鋼製2軸ボギー車、片側2扉、第1、第2編成はロングシート、第3編成は固定クロスシート、
抵抗制御中空軸撓み接手平行カルダン駆動。

 モニ1形

工事用資材などを運ぶ事業用電動貨車で、1975年東横車輛電設(現・東急テクノシステム)で製造された。
荷台の荷重は10t、吊り掛け駆動式。

モハ1形
箱根登山電車
モハ2形
箱根登山電車
モハ2形
箱根登山電車
モニ1形
箱根登山電車


 富士急行

富士登山の拠点である吉田と中央本線とを結ぶ鉄道で、
1926年9月に設立され現在の河口湖線を施設した富士山麓電気鉄道が始めである。
1900年9月に開業した都留馬車鉄道、1903年1月に開業した富士馬車鉄道が大月と吉田間を馬車鉄道で結んでいたが、
途中乗り換えが不便で時間がかかることから1921年に合併して電化開業した。
合併して富士電気軌道を富士山麓電気鉄道が1928年にその路線を譲渡されて現在の形となり、
1960年5月に富士急行に社名を変更した。

 大月線/大月−富士吉田23.6km
 河口湖線/富士吉田−河口湖3.0km

 1000系

元・京王5000系、ロングシート車が1000形、一部転換クロスシート車が1200形、9編成18両在籍。

編成 車両形式 京王時代の車両形式 入線時期 車内アコモ 塗色
1001編成 モハ1001+モハ1101 デハ5113+クハ5863 1994年2月4日 ロングシート
1002編成 モハ1002+モハ1102 デハ5122+クハ5872 1995年7月20日 ロングシート
1201編成 モハ1201+モハ1301 デハ5115+クハ5863 1994年2月4日 転換クロスシート
1202編成 モハ1202+モハ1302 デハ5116+クハ5866 1994年7月23日 転換クロスシート 昭和30年代リバイバルカラー
1203編成 モハ1203+モハ1303 デハ5117+クハ5867 1994年8月8日 転換クロスシート
1205編成 モハ1205+モハ1305 デハ5118+クハ5868 1994年11月2日 セミクロスシート 「富士登山電車」塗色
1206編成 モハ1206+モハ1306 デハ5124+クハ5874 1995年7月20日 転換クロスシート
1207編成 モハ1207+モハ1307 デハ5123+クハ5873 1995年10月27日 転換クロスシート
1208編成 モハ1208+モハ1308 クハ5720+クハ5770 1996年7月24日 転換クロスシート 現塗色


 2000系

元・国鉄/JR東日本165系「パノラマエクスプレスアルプス」、2編成6両が在籍。部品用169系クモハ169が富士吉田駅に留置。

編成 車両形式 塗色
第1編成 クロ2001(展望車)+モロ2101+クロモ2201 「フジサン特急」塗色
第2編成 クロモ2202+モロ2102+クロ2002(展望車) 「フジサン特急」塗色


 5000系

自社発注車、昭和50年誕生のため5000系を名乗る。1編成2両が在籍。

編成 車両形式 新造時期 車内アコモ 塗色
5001編成 モハ5001+モハ5002 1975年 セミクロスシート 「トーマスランド」塗色


1000形
富士急行線
1000形
富士急行線
1000形
「富士登山電車」
2000形
「フジサン特急」
5000形
富士急行線


 伊豆急行

伊豆急は東京急行電鉄の子会社で、1956年2月に免許を申請し1959年4月に伊豆下田電気鉄道として設立、
路線が完成した1961年には伊豆急行に社名を変更、
同年12月より営業運転を開始、同時に接続する国鉄伊東線と相互乗り入れを開始した。
現在もJR東日本の特急「踊り子」が直通運転されている。

 伊豆急行線/伊東−伊豆下田45.7km

 200系

JR東日本の113系及び115系を譲り受けた近郊形車両で、2000年7月1日から営業運転を開始した。
2008年12月14日に営業運転を終了した。 

タイプ 編成 車両形式 JR東日本時代の車両形式 入線時期 JR東日本時代の所属 塗色
T F1編成 251+201+202+252 113系1000番台/クハ111-1074+モハ113-1233+モハ112-1233+クハ111-1386 2000年 国府津電車区(現・国府津車両センター) 白と青
F2編成 253+203+203+254 113系1000番台/クハ111-1085+モハ113-1105+モハ112-1105+クハ111-1406 白と青
U F3編成 281+271+261 115系0番台及び800番台/クモハ115-10+モハ114-810+クハ115-183 2001年〜2002年 松本運転所(現・松本車両センター) 白と青
F4編成 282+272+262 115系0番台及び800番台/クモハ115-12+モハ114-812+クハ115-126 白と青
F5編成 283+273+263 115系0番台及び800番台/クモハ115-16+モハ114-816+クハ115-189 トランバガテル塗色
F6編成 284+274+264 115系0番台及び800番台/クモハ115-15+モハ114-815+クハ115-177 トランバガテル塗色
F7編成 285+275+265 115系0番台及び800番台/クモハ115-8+モハ114-808+クハ115-181 白と赤
F8編成 286+276+266 115系0番台及び800番台/クモハ115-17+モハ114-817+クハ115-175 白と赤
V F9編成 287+277+267 115系300番台/クモハ115-314+モハ114-348+クハ115-382 2002年〜2003年 松本電車区(現・松本車両センター) 白と赤
F10編成 288+278+268 115系300番台/クモハ115-303+モハ114-331+クハ115-352 白と赤
F11編成 289+279+269 115系300番台/クモハ115-319+モハ114-355+クハ115-400 白と赤

 2100系

観光利用を想定して製造された前面展望席を備える自社発注車で、R-1編成及びR-2編成は一部機器を100系から流用、R-3編成以降は完全な新造車である。
「リゾート21」の愛称を持ち、1985年7月20日から営業運転を開始したが、一部車両に廃車が出始めている。

編成 製造時期 備考
R-1編成 1985年 2004年「黒船電車」に塗色変更→2006年3月10日定期運転終了
R-2編成 1986年 2009年5月31日運転終了
R-3編成 1988年  
R-4編成 1990年 「リゾート21EX」→2004年「黒船電車」に塗色変更
R-5編成 1993年 「アルファリゾート21」

 8000系

東急電鉄8000系を譲渡され、車内アコモなどを改造して導入した近郊形電車。
電動機は複巻整流子電動機130kW、制御装置は抵抗制御、界磁チョッパ制御、駆動装置は中空軸平行カルダン駆動方式である。
2005年4月1日に営業運転を開始し、200系全車、及び2100系R-1編成、R-2編成を置き換えた。

編成 形式 種車 備考
TA1編成 クモハ8157+モハ8201+クハ8011 T1編成・T17編成  
TB1編成 クハ8001+モハ8101+クモハ8257 T1編成・T17編成  
TA2編成 クモハ8151+モハ8202+クハ8012 T2編成・T11編成 トランバガテル塗色
TB2編成 クハ8002+モハ8102+クモハ8251 T2編成・T11編成 トランバガテル塗色
TA3編成 クモハ8153+モハ8203+クハ8013 T3編成・T13編成  
TB3編成 クハ8003+モハ8103+クモハ8253 T3編成・T13編成  
TA4編成 クモハ8154+モハ8204+クハ8014 T4編成・T14編成  
TB4編成 クハ8004+モハ8104+クモハ8254 T4編成・T14編成  
TA5編成 クモハ8155+モハ8205+クハ8015 T5編成・T15編成  
TB5編成 クハ8005+モハ8105+クモハ8255 T5編成・T15編成  
TA6編成 クモハ8156+モハ8206+クハ8016 T6編成・T16編成  
TB6編成 クハ8006+モハ8106+クモハ8256 T6編成・T16編成  
TA7編成 クモハ8152+モハ8207+クハ8017 T7編成・T12編成  
TB7編成 クハ8007+クモハ8107+クハ8252 T7編成・T12編成  
TA8編成 クモハ8158+モハ8208+クハ8018 不明  


200系
伊豆急行線
200系
トラン・バガテル編成
2100系
「リゾート21」
2100系
「黒船電車」
2100系
「アルファ
リゾート21」


8000系
伊豆急行線


 伊豆箱根鉄道

伊豆箱根鉄道は西武鉄道の系列会社で箱根地区と伊豆地区において鉄道路線と遊覧船を運営をしている。
現在の駿豆線を敷設したのは1893年5月に設立された豆相鉄道で、
1898年5月20日に部分開業、1924年8月1日に全通した。
一方、大雄山線を敷設したのは1922年6月2日に設立された大雄山鉄道で、
1925年10月15日に大雄山線は開通した。
1907年7月19日に伊豆鉄道が豆相鉄道の事業を継承、豆相鉄道は解散、
1912年4月1日駿豆電気鉄道が伊豆鉄道の事業を買収、
1916年10月5日に駿豆電気鉄道は富士水力電気に合併した。
1916年12月7日に設立された駿豆鉄道が富士水力電気から鉄道、軌道事業を譲渡、
1923年には現在の西武鉄道の礎となった箱根土地(後のコクド、現・プリンスホテル)の傘下となる。
1933年には大雄山鉄道も箱根土地の傘下となり、
1941年8月23日に駿豆鉄道が大雄山鉄道を合併し、
1957年6月1日に伊豆箱根鉄道に社名を変更した。

 駿豆線/三島−修善寺19.8km
 大雄山線/小田原−大雄山9.6km

 1100系

老朽化した旧型車両置き換えのために親会社の西武鉄道から701系を譲り受け、
3両編成化して1989年、1990年に導入された駿豆線用通勤形電車。
種車は4両編成だったため、制御車に主電動機の床下機器の一部を移設した。
3両編成×3本=9両が在籍していたが、1300系にその座を譲り、一部廃車が出ている。
20m級、主電動機は直巻電動機HS-836-Frb、モーター出力120kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

編成 形式 種車 種車誕生年月 改造車 改造年月 廃車年月
第1編成 1009+1010+2005 クハ1783(モハ783) 1967年2月 クモハ1009 1989年8月
モハ784 モハ1010
クハ1784 クハ2005
第2編成 1011+1012+2006 クハ1777(モハ777) 1966年12月 クモハ1011 1989年8月 2009年1月
モハ778 モハ1012
クハ1778 クハ2006
第3編成 1013+1014+2007 クハ1735(モハ735) 1965年3月 クモハ1013 1990年5月 2009年6月
モハ736 モハ1014
クハ1736 クハ2007


 1300系

老朽化した1300系の置き換え目的で西武鉄道から新101系を譲り受け、2008年12月14日より運転を開始した。
種車は4両編成と2両編成で、それを組み替えて3両編成化、現在3両編成×2本=6両が在籍する。
20m級、主電動機は直流直巻電動機HS-22436-03RB、モーター出力150kW、中空軸平行カルダン駆動、抵抗制御。

編成 形式 種車 種車誕生年 改造年
第1編成 1301+1401+2201 クモハ284+モハ235+クハ1235 1979年 2008年
第2編成 1302+1402+2202 クモハ292+モハ237+クハ1237 1979年 2009年


 3000系

20m級自社発注車として1979年から1997年にかけて製造された駿豆線用近郊形電車。
東急車輛製造で3両編成×6本=18両が製造された。
制御電動車クモハ3000形+電動車モハ3000形+制御車クハ3500形の3両編成、
1次車は鋼製車体、2次車はステンレス車体である。
主電動機は直巻電動機日立製作所製HS-836-Krb、及びHS-836-Frb、
モーター出力120kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

車体 編成 形式 製造年 備考
一次車 第1編成 3001+3002+3501 1979年 モハ3002を転換クロスシートに改造
第2編成 3003+3004+3502 1980年  
第3編成 3005+3006+3503 1981年  
第4編成 3007+3008+3504 1982年  
二次車 第5編成 3009+3010+3505 1987年  
第6編成 3011+3012+3506 1997年 LED式行先表示器、車内案内表示器、スカートを設置


 5000系

旧型車両置き換えのために1984年から1996年にかけて製造された大雄山線用通勤電車。
3000系をモデルに設計され、急曲線対応のために18m級、3両編成×7本=21両が東急車輛製造で落成した。
制御電動車クモハ5000形+電動車モハ5000形+制御車クハ5000形の3両編成である。

編成 形式 車体 備考
第1編成 5001+5002+5501 普通鋼製  
第2編成 5003+5004+5502 ステンレス製  
第3編成 5005+5006+5503 ステンレス製  
第4編成 5007+5008+5504 ステンレス製  
第5編成 5009+5010+5505 ステンレス製 転換クロスシート車
第6編成 5011+5012+5506 ステンレス製 転換クロスシート車
第7編成 5013+5014+5507 ステンレス製 転換クロスシート車


 7000系

老朽化した1000系置き換えのために1991年と1992年に製造された駿豆線用近郊形電車。
製造時にJR東海道本線との直通運転が計画されていたことから、それに合わせた仕様になっている。
しかし計画は中止されたために増備は2編成のみに終わった。
20m級、転換クロスシート、3両編成×2本=6両が新造。
制御電動車クモハ7100形+電動車モハ7300形+制御車クハ7500形の3両編成である。
主電動機は直巻電動機日立製作所HS22535-08RB、モーター出力120kW、
発電制動併用抵抗制御、中実軸撓み板継手式平行カルダン駆動。

編成 形式 製造年月 備考
第1編成 7101+7301+7501 1991年3月   
第2編成 7102+7302+7502 1992年3月   


1300系
駿豆線
3000系1次形
駿豆線
3000系2次形
駿豆線
5000系
大雄山線
7000系
駿豆線


 岳南鉄道

岳南鉄道は富士急行グループの鉄道会社だが、設立当時は西武鉄道系列であった。
1948年12月15日に駿豆鉄道が路線免許を所得、資本金の約半額を出資して岳南鉄道を設立させた。
駿豆鉄道は1957年6月1日に伊豆箱根鉄道に社名変更する西武鉄道系列の鉄道会社である。
1949年11月18日に鈴川(現・吉原)から吉原本町が部分開業、
1953年1月20日に岳南江尾まで延伸され、全通した。
1956年9月に駿豆鉄道系列から富士山麓電気鉄道(現・富士急行)系列になった。

 岳南鉄道線/吉原−岳南江尾9.2km

 7000形

5000形置き換えのために京王電鉄3000系の中間車から改造した通勤形電車。
京王電鉄3000系中間車デハ3100形を京王重機整備で1996年に両運転台化された。
3両が在籍、オールステンレス製、18.5m級、片側両開き3扉。

岳南鉄道車番 京王電鉄車番
モハ7001 デハ3103
モハ7002 デハ3101
モハ7003 デハ3102


 8000形

5000系置き換えのために京王電鉄3000系から改造された2両編成の通勤形電車。
種車は京王電鉄3000系だが、運転台機器は6000系から供出された。
2002年11月16日に運転開始、片運転台2両編成×1本=2両のみが在籍。
公募により“がくちゃんかぐや富士”の愛称がつけられた。

岳南鉄道車番 京王電鉄車番
モハ8001+クハ8101 デハ3110+デハ3060


7000系
岳南鉄道線
8000系
岳南鉄道線


 静岡鉄道

静岡鉄道はもともと製茶問屋から清水港へお茶を輸送する目的で、
1906年8月21日に設立された静岡鉄道が前身である。
この会社は1908年7月28日に大日本軌道の静岡支社となるが、
1919年5月1日に駿遠電気が設立され、大軌静岡支社の事業を引き継いだ。
1923年2月28日には静岡電気鉄道に改称し、同年3月12日には秋葉鉄道を合併した。
戦時中の1943年5月15日に、
静岡電気鉄道、藤相鉄道、中遠鉄道、静岡乗合自動車、静岡交通の5社が合併して静岡鉄道に改称された。
この時、初代会長に東急の五島慶太氏が着任し、戦後も東急が筆頭株主であるが東急グループではない。
静岡市内線、清水市内線、駿遠線、秋葉線は廃止され、
現在は静岡清水線のほか、日本平ロープウェイを所有する。

 静岡清水線/新静岡−新清水11.0km

 1000系

旧型車両置き換えのため1973年から1985年にかけて製造された通勤形車両。
2両編成×12本=24両全車が東急車輛製造で製造、クモハ1000形+クハ1500形で編成されている。
後続のA3000形置き換えのため一部に廃車が始まっている。
前面は非貫通型、18m級、片側3扉、ステンレス車体、抵抗制御、カルダン駆動。

 A3000系

1000形置き換えのため2016年3月24日に登場した通勤形車両。
2両編成×12本=24両全車が総合車両所横浜事業所で順次製造予定、
A3000形+A3501形で編成されている。
前面は非貫通型、18m級、前面は普通鋼製、ほかは軽量ステンレス総合車両製作所sustina製、
主電動機は全閉内扇式かご形三相誘導電動機、主電動機出力120kW、
IGBT素子VVVFインバータ制御、TD継手式中実軸平行カルダン駆動。

編成 車両番号 竣工
第1編成 1001+1501 1973年
第2編成 1002+1502 1973年
第3編成 1003+1503 1973年
第4編成 1004+1504 1973年
第5編成 1005+1505 1973年
第6編成 1006+1506 1976年
第7編成 1007+1507 1976年
第8編成 1008+1508 1976年
第9編成 1009+1509 1979年
第10編成 1010+1510 1979年
第11編成 1011+1511 1984年
第12編成 1012+1512 1985年


1000系1003編成
静岡清水線
1000系1011編成
静岡清水線
1000系1012編成
静岡清水線


 大井川鐵道

大井川鐵道は名鉄グループに属する中小私鉄で、
大井川本線と中部電力から運営を委託されている井川線とがある。
大井川本線は電化路線だが、1976年に日本で初めて蒸気機関車の動態保存を始めた鉄道であり、
現在でも休止車を含めて5機の動態保存機を所有していて、
休日のみならず、平日にも運行してSL牽引の客車を走らせている。
井川線は中部電力の専用線として敷設され、ダムの建設要員や資材の運搬を行った。
その後、接続する大井川鉄道に運営を委託し、旅客営業を始めた。
長島ダムの完成により一部区間が水没するため、新線を建設してその区間をラック式にした。
現在日本では唯一のアプト式を採用したラック式鉄道である。
もともと工事用鉄道のために建築限界が小さく、専用の気動車が使用され、
アプト式の区間だけ電化されて専用の電気機関車が牽引する。

 大井川本線/金谷−千頭39.5km
 井川線/千頭−井川25.5km

 421系

元近畿日本鉄道養老線用の6421系を譲受し、部分的に改造して一般車両として運用された車両で、
1984年に420系に改番、廃車後にモ421+ク571の1編成が大井川鐵道に入線、片側3扉に改造されて普通車として運用に赴いたが、
2009年頃から休車扱いとなり、千頭駅に留置されている。

 3000系

元京阪電気鉄道3000系を譲受し、部分的に改造して一般車両として運用された車両で、
京阪本線で特急車両として活躍していた3000型モハ300と3500型クハ3507をワンマン化改造した。
京阪時代は車内にテレビが設置され、“テレビカー”の愛称がつけられていたが、大井川鐵道入線時に撤去された。
大井川鐵道が狭軌であるのに対し、京阪は標準軌のために台車は元営団5000系に交換された。

 16000系

元近畿日本鉄道16000系を譲受し、部分的に改造して一般車両として運用している車両である。
1997年に第1編成、第2編成、2002年に第3編成が入線、2両編成×3本=6両が在籍、主力車両として活躍している。
トイレの閉鎖とワンマン化改造以外はほぼ近鉄時代のまま使われている。

 21001系

元南海電気鉄道12001系を譲受し、部分的に改造して一般車両として運用している車両である。
南海高野線で大運転対応車として登場、特急「こうや」の代走車としても運用のために転換クロスシートとなっている。
「ズームカー」の先駆けとなった車両で、形態から“丸ズーム”と呼ばれていた。
製造された8編成のうち、第1編成と第2編成を1995年に4両編成から2両編成に改造後に転籍させた。

3000系
大井川本線
16000系
大井川本線
21001系
大井川本線


 遠州鉄道

遠州鉄道は静岡県浜松市に鉄道路線を有する地方鉄道であり、他に静岡県西部にバス路線も運営している。
1907年に設立した浜松鉄道がその礎で、翌年には大日本軌道に吸収され、同社浜松支社となる。
1909年には後に二俣線となる鹿島線が開業した。
1919年に大軌浜松支社の事業が遠州軌道に譲渡され、この会社は1921年に遠州電気鉄道に改称された。
1909年に敷設された中ノ町線、1914年に敷設された笠井線が浜松軌道として分離させた。
浜松軌道は1927年に浜松電気鉄道に改称された。
戦時中の1943年11月1日に遠州電気鉄道など6社が合併し、遠州鉄道が設立された。
戦後の1947年5月1日に浜松電気鉄道と合併したが、
多くの路線は廃止され、現在は二俣線であった西鹿島線を所有するのみとなった。

 西鹿島線/新浜松−西鹿島17.8km

 30形

旧型車両置き換えを目的に1958年から1980年にかけて新造された通勤形電車。
制御電動車30形18両と制御車12両の計30両が製造された。
片側2扉、ロングシート、1980年より廃車が始まり、
現在、モハ25+クハ85、モハ26+クハ86、モハ27+クハ79、モハ51+クハ61の4編成8両が在籍。
完全新造車と従来車の機器流用車が存在し、また付番に関しても独自の方法が用いられている。
モハ30形は31〜39、30から逆番で付番して25まで、最終増備車は前面デザインの違いから51に付番、
クハ80形は81〜89、80、79と付番し、最終増備車は61に付番された。
18.8m級、主電動機は日本車輌製造NE-90、モーター出力112kW、抵抗制御、吊り掛け駆動。
最終増備車であるモハ51は1000形と同じ諸元である。

 1000形

従来車の置き換え目的に1983年から1996年にかけて新造された通勤形電車。
制御電動車1000形7両と制御車1500形7両の計14両が製造された。
片側3扉、ロングシート、4両編成時には2000形との併結運用も可能になっている。
主電動機は東洋電機製造TDK-8095-A、モーター出力120kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

 2000形

従来車の置き換え目的に1999年に登場した新形式通勤形電車。
車体構造は1000形とほぼ変わらないがIGBT素子VVVFインバータ制御を新採用したことと、
“21世紀に向けての新型高性能電車”の意味合いで2000形に付番された。
制御電動車2000形5両と制御車2100形5両の計10両が製造された。
片側3扉、ロングシート、4両編成時には1000形との併結運用も可能になっている。
主電動機は三菱電機MB-5081A、モーター出力120kW、IGBT素子VVVFインバータ制御、WN駆動。

1000形
鉄道線
2000形
鉄道線


 豊橋鉄道

豊橋鉄道は愛知県豊橋市を中心に鉄道線の渥美線、軌道線の東田本線を運営する鉄道会社である。
名古屋鉄道の連結子会社となっている。
1924年3月17日に豊橋電気軌道として設立され、
1925年7月17日には東田本線の一部と柳生橋支線が部分開業する。
1939年9月に名古屋鉄道の傘下に入り、
1954年10月1日に名鉄渥美線を譲渡され、鉄道線も所有する。
この年の7月には社名を豊橋鉄道に変更している。
1956年10月1日には田口鉄道と合併し、田口線とするが、
1965年9月の水害で一部区間が普通になり、田口線は3年後に廃止される。
1976年3月7日には柳生橋支線を廃止し、東田本線のみの所有となる。

 渥美線/新豊橋−三河田原18.0km

 1800系

1997年の昇圧の際に導入された名鉄7300系の置き換えのために2000年に導入された、
軌間1,067mm、架線電車線方式直流1,500Vの渥美線用通勤電車。
2000年に東急電鉄からデハ7200形15両、デハ7300形3両、デハ7400形3両、クハ7500形9両を譲受、
3両を部品取得用に外し、3両編成×9本=27両を営業運転に投入、
2001年には車両火災により2両を喪失、部品取得用の車両を営業投入、
2008年には同じ元東急7200系の上田電鉄7200系2両を譲受、予備車と組み合わせて営業投入、
結果として3両編成×10本=30両が営業投入されている。
18m級、主電動機は直流複巻電動機日立製HS-833Irb形及び東洋製TDK-841-A1形、
モーター出力110kw、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

編成名 豊鉄での車両番号 東急時代の車両番号 電装品メーカー 備考
1801編成 モ1801+モ1811+ク2801 デハ7204+デハ7209+クハ7502 日立製作所 ※モ1801+モ1811は火災廃車の代替え車
1802編成 モ1802+モ1812+ク2802 デハ7206+デハ7207+クハ7507 日立製作所  
1803編成 モ1803+モ1813+ク2803 デハ7201+デハ7210+クハ7504 日立製作所  
1804編成 モ1804+モ1854+ク2804 デハ7212+デハ7301+クハ7501 日立製作所 ※なぎさ号
1805編成 モ1805+モ1855+ク2805 デハ7208+デハ7302+クハ7508 日立製作所  
1806編成 モ1806+モ1856+ク2806 デハ7205+デハ7401+クハ7505 日立製作所  
1807編成 モ1807+モ1857+ク2807 デハ7251+デハ7351+クハ7554 東洋電機製造 ※なのはな号
1808編成 モ1808+モ1858+ク2808 デハ7260+デハ7452+クハ7560 東洋電機製造  
1809編成 モ1809+モ1859+ク2809 デハ7256+デハ7451+クハ7552 東洋電機製造  
1810編成 モ1810+モ1860+ク2810 デハ7255+デハ7257+クハ7551 東洋電機製造 ※デハ7257+クハ7551は上田電鉄からの移籍車


1800系1802編成
渥美線
1800系1804編成
渥美線
1800系1805編成
渥美線


 三岐鉄道

三岐鉄道は三重と岐阜を結ぶことを目的に設立された地方鉄道で、
太平洋セメントが大株主で、セメント輸送が主力となっている。
1928年9月20日に設立され、1931年7月23日には三岐線富田から東藤原間が開業した。
1932年12月23日には西藤原まで延伸して三岐線は全通した。
1970年6月25日に近鉄連絡線三岐朝明信号場−近鉄富田間が完成した。
2003年4月1日には近鉄から分離されたナローゲージの北勢線を譲受し、営業を開始した。

 三岐線/富田−西藤原26.5km
 近鉄連絡線/近鉄富田駅−三岐朝明信号場1.1km
 北勢線/西桑名−阿下喜20.4km

 101系

元西武鉄道の401系の譲渡を受けて運用されている三岐線用通勤形電車。
1990年から1992年にかけて401編成、405編成、409編成の3本を受け入れ、
前照灯の形状の変更、塗色変更、ワンマン化改造された。

三岐鉄道の車両番号 西武鉄道時代の車両番号 譲渡年月
クモハ101+クモハ102 クモハ402+クモハ401 1990年12月
クモハ103+クモハ104 クモハ406+クモハ405 1991年6月
クモハ105+クモハ106 クモハ410+クモハ409 1993年6月


 130形

旧型電車淘汰を目的に1954年に製造された軌間762mmの北勢線用の付随車である。
三重交通で360形として8両が登場、三重線に集中運用されたのちに1960年から1962年にかけて6両が北勢線に転籍、
1965年に三重電気鉄道が近鉄に吸収合併、近鉄との車両番号競合を避けるためにサ130形131から138に改番、
2003年4月1日に近鉄から三岐鉄道に北勢線が移管、その際にクハ130形、サハ130形に改番された。
半鋼製車体、ロングシート、片側片開き2扉である。

 140形

旧型電車淘汰を目的に1960年から1962年にかけて製造された軌間762mmの北勢線用の付随車である。
三重交通で1959年に誕生したモ4400形の設計を流用して量産されたのがサ2000形である。
2001から2007の7両が製造、三重電気鉄道湯の山線に配置、同線が改軌された1964年に北勢線に転籍、
1965年に三重電気鉄道が近鉄に吸収合併、近鉄との車両番号競合を避けるためにサ140形141から147に改番、
1977年に総括制御運転に伴う編成固定化でサ141から145に運転台を新設、ク141から145となった。
2003年4月1日に近鉄から三岐鉄道に北勢線が移管、その際にク142、144の運転台を撤去してサ142、144に戻し、
4両編成化された。

 200系

旧型電車淘汰を目的に1958年8月に製造された軌間762mmの北勢線用の連接車である。
三重交通三重線用としてモ4400形3連接車1編成が製造された。
普通鋼製、10m級、ロングシート、垂直カルダン方式、NCA電動カム軸式制御、
1964年3月1日に湯の山線が標準軌に改軌、これにより北勢線に転籍、
1965年に三重電気鉄道が近鉄に吸収合併、モ4400形がモ200形、サ4400形がサ100形に改番、
2003年4月1日に近鉄から三岐鉄道に北勢線が移管された。

 270系

北勢線の近代化の一環として近鉄が1977年に導入した軌間762mmの北勢線用の一般車両である。
制御電動車モ270形6両、ク170形2両の計両が製造、総括制御の固定編成として運用されている。
普通鋼製、15m級、ロングシート、主電動機は三菱電機MB-464AR、吊り掛け式駆動。
1990年にモ277形1両が増備、2003年4月1日に近鉄から三岐鉄道に北勢線が移管された。

 751系

元西武鉄道の新101系の譲渡を受けて運用されている三岐線用通勤形電車。
2009年に235編成、283編成の伊豆箱根鉄道に譲渡した6両の残りを、
283+236+1236の3両固定編成に組成、改造を施して譲渡、
またほかに237編成のモハ238、クハ1238を部品取得用に譲渡されている。

 801系

元西武鉄道の701系の譲渡を受けて1989年より運用されている三岐線用通勤形電車。
4両編成だった771編成、779編成、781編成の中間車の妻面に制御車の前頭部を接合、
3両編成化して導入した。

 851系

元西武鉄道の701系の譲渡を受けて1995年より運用されている三岐線用通勤形電車。
6両編成だった789編成のうち3両に中間車の妻面に制御車の前頭部を接合、
3両編成化して導入した。

101系
三岐線
101系
三岐線
130形
北勢線
140形
北勢線
140形
北勢線


200系
北勢線
270系
北勢線
270系
北勢線
801系
三岐線
801系
三岐線


 富山地方鉄道

富山地方鉄道は、富山を中心に鉄道路線と軌道路線を所有する鉄道会社である。
戦時中の「陸上交通事業調整法」に基づき、
1943年1月1日に現在の鉄道線の本線の一部と立山線の一部を所有していた富山電気鉄道を中心に、
加越鉄道、富山県営鉄道、黒部鉄道、越中鉄道、富山市営軌道の6社が合併して誕生した。
この大合併の前にも富山電気鉄道は立山線の一部となる立山鉄道、
現在の不二越線を所有していた富南鉄道、富岩線を所有していた富岩鉄道を合併している。
富岩線はのちに国鉄富山港線となり、現在の富山ライトレールとなった。
車両は旧塗色はクリームとグレーがベースにワインレッドのライン、新塗色は黄色と緑のツートンである。

 本線/電鉄富山−宇奈月温泉53.3km
 立山線/寺田−立山24.2km
 不二越線/稲荷町−南富山3.3km
 上滝線/南富山−岩峅寺12.4km

 10020形

1961年から運用を開始した一般形車両で、2両編成×3本=6両が在籍。
登場当時は3両編成だったが、連結されていたサハ220形を外して2両編成化、
サハ220形は運転台を取り付けた上、クハ170形171、173、174となった。
18m級、転換クロスシート、第1編成は車端部のみロングシート、片側2扉、
モーター出力75kW、中空軸平行カルダン駆動、抵抗制御。

編成名 車両番号 塗色 製造年 備考
第1編成 モハ10021+モハ10022 新塗色 1961年 2005年除籍、2007年3月解体
第2編成 モハ10023+モハ10024 新塗色 1964年 2006年除籍
第3編成 モハ10025+モハ10026 旧塗色 1964年  


 10030形

京阪電鉄3000系を1990年から1993年にかけて譲受、2両編成化した主力通勤形電車である。
阪急3000系は特急形として活躍した車両であり、テレビを設置した車両のあることから「テレビカー」の愛称があった。
2両編成×8本=16両が在籍、緑と黄色の塗色から「かぼちゃ電車」の愛称がある。

編成名 富山地鉄の車両番号 京阪時代の車両番号 譲渡年 備考
第1編成 モハ10030+モハ10032 3001+3501 1990年  
第2編成 モハ10033+モハ10034 3018+3518 1990年 京阪時代の塗色に変更
第3編成 モハ10035+モハ10036 3003+3503 1991年  
第4編成 モハ10037+モハ10038 3004+3510 1991年  
第5編成 モハ10039+モハ10040 3014+3513 1991年  
第6編成 モハ10041+モハ10042 3017+3517 1991年  
第7編成 モハ10043+モハ10044 3016+3515 1992年  
第8編成 モハ10045+モハ10046 3010+3509 1993年  


 14720形

1962年にモハ14721、モハ14722の2両が製造された一般形電車である。
1M方式が採用された18m級、片側2扉、セミクロスシートである。
誕生当時はサハ222を挟んだ3両編成として運行されていたが、1969年にサハ222はクハ170形に改造、
10020形第1編成に組み込まれていたサハ221を編成から外した上、クハ170形に改造し、
14720形+クハ170形の2両編成×2本に組み直された。
主電動機はTDK830-A、モーター出力110kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

 14760形

富山地方鉄道創立50周年の1979年に2両編成3本が登場した一般形の主力電車。
その後も増備が続き、2両編成×7本=14両が製造、また増結用のクハ175も系列車両である。
その後奇数車をモハ14761形、偶数車をモハ14762形に名称変更した。
18m級、誕生時はセミクロスシート、のちにクロスシート化、
主電動機は東洋電機TDK-8205A形、モーター出力110kW、中空軸平行カルダン駆動。

編成名 富山地鉄の車両番号 製造年
第1編成 モハ14761+モハ14762 1979年
第2編成 モハ14763+モハ14764 1979年
第3編成 モハ14765+モハ14766 1979年
第4編成 モハ14767+モハ14768 1980年
第5編成 モハ14769+モハ14760 1980年
第6編成 モハ14771+モハ14772 1981年
第7編成 モハ14773+モハ14774 1981年


 16010形

西武鉄道で特急「レッドアロー」に従事していた5000系を導入して特急及び一般車両として使用されている電車である。
5000系の主要機器は既に西武鉄道10000系に流用が決まっていたため、
車体のみを購入し、主電動機や主制御器などは国鉄485系の廃車発生品から流用された。
1995年7月に第1編成、1996年4月に第2編成が運用を開始、特急に運用されるほか、普通列車にも使用される。
登場当時は3両編成×2本=6両が竣工、のちに2両編成化された。
2011年12月に第2編成がドーン研究所の水戸岡鋭治氏がデザインを担当してリニューアル、
観光列車「アルプスエクスプレス」専用編成となった。
20m級、主電動機は直巻整流子電動機MT54、モーター出力120kW、電空カム軸式抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

クハ170形
本線
10020形
特急「うなづき号」
10020形
本線
10030形
上滝線
10030形
不二越・上滝線


14720形
本線
14760形
立山線
14760形
本線
14760形
特急「うなづき号」
16010形
特急「アルプス号」


 北陸鉄道

北陸鉄道は北陸本線の北側に浅野川線、南側に石川線を所有する地方私鉄会社だが、
会社の内情は鉄道事業よりもバス路線の方が中心で一時は鉄道全廃の方針も打ち出していが2路線は残った。
石川線は1915年6月22日に石川電気鉄道(後に石川鉄道に改称)が部分開業させた路線が最初で、
1923年5月1日には金沢電気軌道が石川鉄道を買収、
1941年8月1日に設立された北陸合同電気(現・北陸電力)が金沢電気軌道を合併、
1942年には北陸合同電気から交通部門が切り離されて北陸鉄道となり、
1943年10月13日に北陸鉄道、金石電気鉄道、温泉電軌、金名鉄道、能登鉄道等が合併し新生北陸鉄道が誕生する。
浅野川線は1925年5月10日、浅野川電気鉄道により部分開業したのが最初で、
1945年に浅野川電気鉄道は北陸鉄道に合併した。

 石川線/野町−一の宮15.9km
 浅野川線/北鉄金沢−内灘6.8km

 7000系

旧型車両置き換えのため東急初代7000系を1990年に譲受、2両編成化した石川線用通勤形電車。
車体は東急車だが、制御器はJR東日本103系、主電動機は西武701系、電動発電機は南海、空気圧縮機は営団地下鉄から購入、
2両編成×5本=10両が在籍、種車の外見上の相違や冷房設備の有無で3形式に分類できる。
18m級、主電動機は直巻電動機HS836Frb、モーター出力96.0kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

編成名 形式名 石川鉄道の車両番号 東急時代の車両番号 種車の種類 製造年 竣工年月 備考
第1編成 7000形 モハ7001+クハ7011 デハ7050+デハ7049 7000系先頭車 1965年 1990年7月 非冷房車、予備車扱い
第2編成 7100形 モハ7101+クハ7111 デハ7054+デハ7053 1966年 1990年7月 冷房車
第3編成 モハ7102+クハ7112 デハ7056+デハ7055 1966年 1990年7月 冷房車
第4編成 7200形 モハ7201+クハ7211 デハ7136+デハ7137 7000系中間車 1964年 1990年7月 冷房車
第5編成 モハ7202+モハ7212 デハ7138+デハ7135 1964年 1990年7月 冷房車


 7700系

元京王電鉄3000系を2007年に2両編成化した石川線用通勤形電車。
車体外観は浅野川線用の8000系8900番台とほぼ同一で、7000系と共通運用されている。
京王3000系第11編成の制御電動車を繋げて2両編成化、2両編成×1本=2両のみ在籍。
石川線は600Vであることから電装品は西武鉄道やJR東日本の廃車発生品を流用した。

 8000系

元京王電鉄3000系を2007年に2両編成化した浅野川線用通勤形電車。
1996年12月と1998年10月に譲受、2両編成×5本=10両が在籍、
種車は京王3000系第1編成から第5編成で、
第1、第2編成は全長18,180mmで裾絞りのない車体幅2,700mmの片開扉車で、
第3から第5編成は全長18,500mmで裾絞りを有した車体幅2,800mmの両開扉車と仕様が異なるため、
第1、第2編成を種車とした車両は8800番台、第3から第5編成を種車とした車体を8900番台に区分した。
主電動機は直巻電動機TDK807/3C形、モーター出力100kW、電動カム軸式抵抗制御、中空軸平行カルダン制御。

7000系
石川線
8000系8800番台
浅野川線
8000系8900番台
浅野川線


 叡山電鉄

叡山電鉄は京福電鉄の全額出資によって設立された地方鉄道で、
京都電燈及び鞍馬電気鉄道によって開業した叡山本線、鞍馬線をを京福電鉄から譲り受け、運営していた。
1991年11月29日に増資し、増資分を京阪電気鉄道に有償譲渡、2002年3月29日には全株式を京阪に譲渡し、
京阪電気鉄道の完全子会社となる

 叡山本線/出町柳−八瀬比叡山口5.6km
 鞍馬線/宝ヶ池−鞍馬8.8km

 デオ700系

叡山電鉄初の冷房搭載、ワンマン運転対応の1987年に製造された一般形電車。
車体は新造されたが足回りは在来車からの廃車発生品を流用、
そのため吊り掛け駆動の車両も存在したが、1991年から1992年にかけて阪神や阪急から譲渡された部品に交換、
それによってカルダン駆動に統一された。
単行運用ではワンマン運転、2両連結運転では車掌が乗務、
デオ710形711、712はデナ21形23、24の足回りを流用、1992年に阪神から譲渡された部品に交換された。
デオ720形721〜724はデオ200形201〜204の足回りを流用、2002年に京阪から譲渡された部品に交換された。
デオ730形731、732は京阪1800系の足回りを流用して誕生した。

 デオ800系

1989年の京阪鴨東線開業による輸送力増強のために製造された一般形電車。
片運転台2両編成の固定編成であり、2004年1月からワンマン運転が実施されている。
1次車と2次車は2両1ユニットのMM’ユニット方式を採用、3次車から5次車は1M方式となったため、
1次車と2次車を800形、3次車から5次車を810形と分類することもある。

編成名 製造年 車両番号 電動車形態 電動車による分類 備考
第1編成 1990年 1次車 801+851 MM’ユニット 800形  
第2編成 1992年 2次車 802+852  
第3編成 1993年 3次車 811+812 1M方式 810形  
第4編成 1994年 4次車 813+814  
第5編成 1995年 5次車 815+816 「ギャラリートレイン・こもれび」編成


 デオ900形

乗客減対策として観光客取り込みのために1997年10月に誕生した車両で、
デオ600形置き換えも兼ね、車窓を楽しめるように片側の中間は窓側に向いた2人掛けシート4脚を設置、
その両サイドはボックスシート、反対側は1列固定式クロスシートを配置し、
また天井近くまで窓が設置されており、沿線の眺望を楽しめるように工夫されている。
2両編成×2本=4両が在籍、「きらら」の愛称がある。
主電動機は京阪600形のTDK-8565-Aを改造したTDK-8565-Bを流用、抵抗制御。

編成名 製造年月 車両番号 塗色
第1編成 1997年10月4日 901+902 メープルレッド
第2編成 1997年10月4日 903+904 メープルオレンジ


デオ700系
叡山本線
デオ800系
鞍馬線
デオ900形
「きらら」


 水間鉄道

水間鉄道はその名の通り、水間観音への参詣鉄道として1924年4月17日に設立された。
翌年12月24日に水間線が営業を開始、バス事業へも参入していった。
かつては南海電気鉄道が筆頭株主だったが、南海の傘下やグループ企業とはならず、
利用者減や不動産事業の不振などが要員で負債が140億円に達し、
2005年4月30日、大阪地裁に会社更生法の適用を申請、経営破綻した。
同年6月30日に外食チェーンのグルメ杵屋が支援企業に決定、再建が進められ、
翌年4月6日には同社の完全子会社となった。
2006年6月16日に大阪地裁より会社更生計画終結の決定を受けて会社更生手続きが完了した。

 水間線/貝塚−水間観音5.5km

 7000系

老朽化した旧型電車置き換えのために東急電鉄7000系を譲受して改造した通勤形電車。
1990年7月の譲受に合わせて地上設備も直流600Vから1500Vの昇圧を行った。
種車には中間車もあり、切妻非貫通型の運転室を取り付け、2両編成化した。
貝塚方が7000番台、水間方が7100番台、中間車の先頭車化改造車は貝塚方が7050番台、水間方が7150番台を付番。
2006年度より更新を開始、更新車は1000形に改番された。

編成名 車両番号 旧車両番号 東急時代の車両番号 先頭車形態 備考
第1編成 デハ1003+デハ1004 デハ7001+デハ7101 デハ7008+デハ7007 貫通型   
第2編成 デハ1001+デハ1002 デハ7002+デハ7102 デハ7010+デハ7009 貫通型  
第3編成 デハ7003+デハ7103 デハ7012+デハ7011 貫通型 定期運用離脱
第4編成 デハ1005+デハ1006 デハ7051+デハ7151 デハ7128+デハ7127 非貫通型  
第5編成 デハ1007+デハ1008 デハ7052+デハ7152 デハ7110+デハ7139 非貫通型  


1000形
水間線


 近江鉄道

近江鉄道は1889年に東海道本線が開業した時、
東海道本線や草津線のルートから外れた近江盆地の穀倉地帯を縦断する鉄道が計画され、
東海道本線彦根から関西鉄道(現・JR草津線)深川(現・甲南)までが免許されて、
1896年6月16日に設立された。
1898年6月11日に彦根−愛知川間が開業し、
1900年12月28日には当初の計画を変更し、貴生川まで延伸された。
1914年3月8日には多賀線が開業、
1931年3月15日には米原−彦根間が開業して本線が全通した。
電化のため1926年10月1日に宇治川電気の系列となるが、
戦時中の電力統制政策で宇田川電気から分離し、箱根土地の系列下となった。
1944年3月1日には八日市鉄道を傘下とするが、一部は後に廃止された。
現在でも西武鉄道が74.5%、西武建設が20.5%の株式を所有する西武鉄道系列である。

 本線/米原−貴生川47.7km
 多賀線/高宮−多賀大社前2.5km
 八日市線/近江八幡駅−八日市9.3km


 220形

レールバスLE10形置き換えのために自社彦根工場で製造した一般形電車。
LE10形2両連結運用を1両で賄うために17m級、両運転台として誕生、
中古車両の部品を流用し、また親会社の西武鉄道の車両からも部品を流用している。

車両番号 機器を流用した自社車両 機器を流用した西武鉄道車両 備考
221 モハ205形205 モハ742 現在は工場内の牽引車として使用
222 モハ200形203 クハ1742  
223 モハ100形101 クハ1741  
224 モハ100形102 クハ1740  
225 モハ100形103 クハ1739  
226 モハ131形132 モハ741 大型スノープロウ装備、ラッセル車として使用


 700系

近江鉄道開業100周年を記念して1998年5月12日に竣工した一般形電車。
西武鉄道401系437編成を種車に彦根工場で2両編成1本=2両が改造された。
転換クロスシートを採用、沿線の蒲生野で読まれた万葉歌「あかねさす…」に因んで「あかね号」の愛称がある。

編成番号 車両番号 西武鉄道時代の車両番号 竣工
701 モハ701+モハ1701 クモハ438+クモハ437 1998年5月12日


 800系

1990年から1997年に譲渡された西武鉄道401系を種車に製造された通勤形電車。
2両編成×15本=30両を譲渡、自社の彦根工場で2両編成×11本=22両が改造された。
モハ800形+モハ1800形で構成され、ワンマン化されている。
前面は額縁タイプの三面折妻形態に前照灯および標識灯が角型タイプの一体ケース収納型に改造。
主電動機は直巻電動機HS-836-Frb形、モーター出力120kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

編成名 車両番号 西武時代の車両番号 竣工年 塗色 備考
801編成 モハ801+モハ1801 クモハ404+クモハ403 1993年 がん検診啓発広告ラッピング 車両限界に抵触のため1999年に営業開始
802編成 モハ802+モハ1802 クモハ426+クモハ425 1998年 ダイドードリンコ社広告ラッピング  
803編成 モハ803+モハ1803 クモハ416+クモハ415 1999年 基本色  
804編成 モハ804+モハ1804 クモハ424+クモハ423 1999年 基本色  
805編成 モハ805+モハ1805 クモハ418+クモハ417 2000年 基本色 3代目ギャラリートレイン
806編成 モハ806+モハ1806 クモハ422+クモハ421 2000年 基本色  
807編成 モハ807+モハ1807 クモハ414+クモハ413 2002年 基本色 イベント対応車
808編成 モハ808+モハ1808 クモハ434+クモハ433 2002年 フジテック広告ラッピング  
809編成 モハ809+モハ1809 クモハ436+クモハ435 2003年 いしだみつにゃん&しまさこにゃん号
810編成 モハ810+モハ1810 クモハ428+クモハ427 2005年 日本コカ・コーラ社広告ラッピング  
811編成 モハ811+モハ1811 クモハ412+クモハ411 2009年 基本色  


 820系

800系と同じく西武鉄道401系を種車に製造された通勤形電車。
2両編成×2本=4両が自社の彦根工場で改造、
モハ820形+モハ1820形で構成され、ワンマン化されている。
改造コスト削減のために前面は西武時代のままでステンレス板の撤去のみなど簡易である。
主電動機は直巻電動機HS-836-Frb形、モーター出力120kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

編成名 車両番号 西武時代の車両番号 塗色 備考
821編成 モハ821+モハ1821 クモハ430+クモハ429 基本色  
822編成 モハ822+モハ1822 クモハ432+クモハ431 滋賀県警・JA共済広告ラッピング パトカー電車


900形

2013年6月14日から運用を開始した西武鉄道新101系を種車に製造された通勤形電車。
塗色から「淡海号」の愛称があり、「おうみごう」と読む。
2両編成×1本=2両が自社の彦根工場で改造、モハ900形+モハ1900形で構成されている。
普通鋼製、20m級、主電動機は直巻電動機、モーター出力150kW、抵抗制御、中空軸平行カルダンたわみ板継手駆動。

100形102編成
「湖風号」
700系701編成
「あかね号」
800系802編成
近江本線
800系806編成
近江本線
800系809編成
近江本線


800系810編成
近江本線
800系811編成
近江本線
800系811編成
近江本線
900形901編成
「淡海号」


 伊賀鉄道

赤字であった近鉄伊賀線を引き受け、
近鉄が98%、地元の伊賀市が2%が出資して設立、
鉄道施設を近鉄が所有、伊賀鉄道が運営する、
上下分離方式で2007年10月1日より運行を開始した。
2017年4月1日より鉄道施設が近鉄から伊賀市に無償譲渡され、
公有民営方式に移行、
これに伴って伊賀市の出資率が25%に増加した。
それでも株式の75%を保有する、
近鉄グループホールディングスの連結子会社であることには変わりはない。

 伊賀線/伊賀上野−伊賀神戸16.6km

 200系

860系入れ替えのために東急1000系を改造、
2両編成化して2009年12月24日より5本が導入された。
制御電動車モ200形+制御付随車ク100形で構成、
直流1,500V、18m級、主電動機はかご形三相誘導電動機TKM-88形、
電動機出力130kW、GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御、
TD平行カルダン駆動方式。

200系
伊賀鉄道線


 神戸電鉄

神戸電鉄は兵庫県南東部に路線を所有する中小私鉄であり、
その規模から2004年までは準大手私鉄に分類されていた。
1926年3月27日、神戸有馬電気鉄道として設立され、
1928年11月28日に有馬線、同年12月18日に三田線が開業した。
現在の粟生線の一部を敷設した三木電気鉄道は1936年6月29日に設立され、
同年12月28日に鈴蘭台−広野ゴルフ場前駅間が開業、
1938年1月28日には現在の三木である三木福有橋まで延伸した。
2社は1947年1月9日に合併し、社名を神有三木電気鉄道に変更した。
1949年4月30日には神戸電気鉄道に社名変更し、
粟生線が全通したのは1952年4月10日になってからである。
1968年4月7日には神戸高速鉄道に乗り入れを開始、
1991年10月28日には公園都市線も開業した。
現在は阪急阪神ホールディングスが株式の27.7%を所有するグループ会社である。

 有馬線/湊川−有馬温泉駅22.5km
 三田線/有馬口−三田駅12.0km
 公園都市線/横山−ウッディタウン中央駅5.5km
 粟生線/鈴蘭台−粟生29.2km
 神戸高速線/新開地−湊川0.4km(第二種鉄道事業者)

 1000系

廃止された300系310形をベースに1965年に登場した主電動機の出力75KWの通勤形電車。
片運転台2両編成用はデ1000形、片運転台増結用はデ1050形、両運転台増結用はデ1070形となる。
2010年4月現在、デ1070形1074、1075、1076の3両のみ現存。

 1100系

1000系をベースに1969年に登場したに登場した主電動機の出力105KWの通勤形電車。

分類 編成 車両形式 製造年 扉数 備考
デ1100形+サ1200形 1101編成 1101+1201+1102 1969年〜1972年 2扉車  
1103編成 1103+1202+1104  
1105編成 1105+1203+1106  
1107編成 1107+1204+1108  
1109編成 1109+1205+1110  
1111編成 1111+1206+1112 デ1070形1074を組込、4両編成化
1113編成 1113+1207+1114 デ1070形1075を組込、4両編成化
1115編成 1115+1208+1116 2000年、1125を組込、4両編成化
1117編成 1117+1219+1118  
1119編成 1119+1210+1120 2000年、1126を組込、4両編成化
1121編成 1121+1211+1122 2005年1124を組込、4両編成化
1123編成 1123+1212+1124 1212はデ860形864から改造車、2005年、1124は1121編成に組込
2008年8月1123、1212が廃車
1125編成 1125+1213+1126 1213はデ860形865からの改造車、1213は2000年に廃車、
1125は1115編成に組込、1126は1119編成に組込
デ1150形+サ1250形 1151編成 1151+1251+1152 1977年 3扉車  
1153編成 1153+1252+1154 1987年 2001年で1070形1076を組込、4両編成化
1500形+1600形 1501編成 1501+1601+1502 1991年 3扉車  
1503編成 1503+1602+1504  


 1300系

1971年に登場した2両編成の通勤形電車、最高速度は80km/hで、主電動機は直流直巻電動機、出力は75kw、
制御装置は電動カム軸式自動総括制御、抵抗制御、駆動装置は平行カルダン駆動方式である。

分類 編成 車両形式 製造年 扉数 備考
デ1300形 1301編成 1301+1302 1971年〜1973年 1996年〜1997年に廃車
1303編成 1303+1034 1996年〜1997年に廃車
1305編成 1305+1306 1996年〜1997年に廃車
1307編成 1307+1308 1996年〜1997年に廃車
1309編成 1309+1310 デ1350形1361編成と4両固定化
デ1320形 1321+1322 1975年〜1979年 3扉車 デ1300形1307編成に組込の中間電動車→
1991年デ1350形1353編成に組込→先頭車化改造
1323+1324 デ1300形1309編成に組込の中間電動車→
1991年デ1350形1355編成に組込→先頭車化改造
1325+1326 1350形1351編成に組込の中間電動車→先頭車化改造
デ1350形 1351編成 1351+1352 1979年〜1987年 3扉車 デ1320形1325+1326組込4両編成化
1353編成 1353+1054 1355編成と4両固定化
1355編成 1355+1356 1353編成と4両固定化
1357編成 1357+1358 1359編成と4両固定化
1359編成 1359+1360 1357編成と4両固定化
1361編成 1361+1362 デ1300形1309編成と4両固定化
1370形 1371編成 1371+1372 1996年〜1997年 3扉車 1321+1322の先頭車改造、1351編成と4両固定化
1373編成 1373+1374 1323+1324の先頭車改造、1375編成と4両固定化
1375編成 1375+1376 1325+1326の先頭車改造、1373編成と4両固定化


 2000系

1991年に公園都市線の開業に合わせて誕生した通勤形電車。
最高速度は80km/h、主電動機はMB-2088-B3直流直巻電動機、出力は105kw、
制御装置はABF-144-15MDHB、電動カム軸式自動総括制御、抵抗制御、駆動装置は平行カルダン駆動方式である。

3両編成は2000形制御電動車と2200形の中間付随車の2M1Tの編成となり、3本が在籍。
4両編成は2000形制御電動車、2100形中間電動車、2200形の中間付随車の3M1Tの編成となり、2本が在籍。  


 3000系

1973年から1991年にかけて製造されたアルミ車体の通勤形電車。
最高速度は80km/h、主電動機はMB-3054-C直流直巻電動機、出力は75kw、
制御装置はABFM-108-15MDH、電動カム軸式自動総括制御、抵抗制御、駆動装置は平行カルダン駆動方式である。

4両編成で3000形制御電動車、3100形中間電動車で構成される。

分類 編成 車両形式 製造年 尾灯 備考
前期形 3001編成 3001+3102+3101+3002 1973年〜1981年 凸型  
3003編成 3003+3104+3103+3004 凸型  
3005編成 3005+3106+3105+3006 凸型  
3007編成 3007+3108+3107+3008 凹型  
3009編成 3009+3110+3109+3010 凹型  
3011編成 3011+3112+3111+3012 凹型  
後期形 3013編成 3013+3114+3113+3014 1989年〜1991年 凹型  
3015編成 3015+3115+3114+3016 凹型  
3017編成 3017+3116+3115+3018 凹型  


 5000系

1994年に登場した2000系をベースに全車制御車としたVVVF制御を採用した通勤形電車。
最高速度は80km/h、主電動機はMB-5057A三相かご形誘導電動機、出力は120kw、
制御装置はMAP-128-15V73三菱電機製GTO素子VVVFインバータ制御、駆動装置は平行カルダン駆動方式である。

4両編成で5000形制御電動車、5100形中間電動車で構成され、4両編成10本が在籍。

 6000系

2008年に登場した通勤形電車で、最高速度は80km/h、主電動機はMB-5057A三相かご形誘導電動機、出力は120kw、
制御装置は三菱電機製IGBT素子VVVFインバータ制御、駆動装置は平行カルダン駆動方式である。

編成 車両形式 製造年 備考
6001編成 6001+6102+6101+6002 2008年  
6003編成 6003+6104+6103+6004 2010年  


デ1070形
有馬線
デ1100形
有馬線
デ1150形
有馬線
デ1350形
有馬線
2000系
有馬線


3000系
有馬線
5000系
三田線
6000系
粟生線


 能勢電鉄

能勢電鉄は能勢妙見の参詣客輸送を目的に1908年5月23日に能勢電気軌道として設立された。
1913年4月13日に能勢口(現・川西能勢口)−一の鳥居間が部分開業し、
1923年11月2日には妙見(現・妙見口)まで延伸し、妙見線は全通した。
1922年には増資に伴い阪神急行電鉄(現・阪急阪神ホールディングス)が資本参加、
1961年には阪急の出資率が50%を超え、子会社となる。
1978年10月1日に社名を能勢電鉄に変更、同年12月12日に日生線が開業した。

 妙見線/川西能勢口−妙見口12.2km
 日生線/山下−日生中央2.6km

1500系

阪急電鉄2100系を種車に1983年から1985年にかけて竣工した通勤形電車。
4両編成×5本=20両を製造、1550形+1530形+1580形+1500形で組成。
1550形は空気圧縮機を搭載する日生中央・妙見口方の制御車、
1530形はパンタグラフと制御器を搭載する電動車、1580形は付随車。
1580形がパンタグラフと制御器を搭載する川西能勢口方の制御電動車。
1580形のみ種車が元2000系2両、元2021系1両が存在する。

 1700系

阪急電鉄2000系を種車に1990年から1992年にかけて就航した通勤形電車。
4両編成×8本=32両を製造、1750形+1730形+1780形+1700形で組成。
1750形はCPを搭載する日生中央・妙見口方の制御車、1753から1755はMGも搭載、
2100系から編入車も2両存在、
1730形はパンタグラフと制御器を搭載する電動車、2100系からの編入車も1両存在、
1780形はSIVとCPを搭載する付随車。元2021系が4両存在、
1700形はパンタグラフと制御器を搭載する川西能勢口方の制御電動車。

 3100系

阪急電鉄3100系の譲渡を受けて誕生した通勤形電車。
1996年に箕面線で使用されていた3156編成をアルナ工機で改造、
1997年9月に竣工、同年11月1日から使用を開始した。
4両編成×1本=4両が在籍、一部車体のデザインが変更されている。

1500系
日生線
1700系
妙見線


 北神急行電鉄

北神急行電鉄は神戸市営地下鉄西神・山手線新神戸から神戸電鉄有馬線谷上までを結ぶ、
北神線で列車の運行を行う第2種鉄道事業者である。
1979年10月29日に神戸電鉄や阪急電鉄の出資で設立され、
1988年4月2日に北神線が開業した。
その区間の大半が六甲山直下となる北神トンネルで構成されている。
神戸市営地下鉄西神・山手線と相互直通している。
債務超過の増加などから2002年4月1日に北神線の施設を神戸高速鉄道に売却、
北神線は神戸高速鉄道が第1種鉄道事業者、北神急行電鉄が第2種鉄道事業者となった。
2007年9月30日、神戸電鉄は不動産評価損発生などで経営支援を中断、
これによって2日前の9月28日に阪急電鉄より無利子融資を受け、
阪急阪神ホールディングスの持ち分法適用関連会社から連結子会社となる。
2007年の決算の段階では阪急電鉄の持株は27.5%、神戸電鉄は19.875%である。

 北神線/新神戸−谷上7.5km

 7000系

1988年4月2日の北神線の開業に合わせて前年から製造された通勤形電車。
直通する神戸市営地下鉄西神・山手線と車両の基準を統一している。
19m級、片側3扉、アルミニウム合金製、6両編成×5本=30両が在籍。
主電動機はかご形三相誘導電動機MB-5021-A、モーター出力170kw、
GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御、歯車継手平行カルダン駆動。


 和歌山電鐵

廃止を表明した南海電鉄貴志川線を引き受け、岡山電気軌道が株式の100%を所有する完全子会社で、
両備グループに属し、2005年6月27日に設立、2006年1月20日より南海から貴志川線を引き継いだ。
社長の発案で貴志川線終点の貴志駅に住む野良猫のたまを駅長に就任させたり、
両備グループデザイン顧問の水戸岡鋭治氏が大胆な車両デザインを採用したりと話題造りも上手い。

 貴志川線/和歌山−貴志14.3km

 2270系

南海電鉄時代から運行されていた2270系12両が全車無料譲渡され、そのまま運行に着いている。
南海2270系は南海22000系を貴志川線用に改造したもので、2両編成×6本=12両が在籍。
一部の列車は両備グループのデザイン顧問水戸岡鋭治氏によって内外装の大胆な変更が行われ、
2006年8月6日から2271編成が「いちご電車」として運行、2007年8月6日から2276編成が「おもちゃ電車」として運行、
2009年3月21日から2275編成が「たま電車」として運行、その他はほぼ南海時代のままで運行されている。

2270系
貴志川線
2270系
「いちご電車」
2270系
「おもちゃ電車」
2270系
「たま電車」


 一畑電気鉄道

出雲市の一畑寺への参詣鉄道として誕生した地方鉄道である。
1912年4月6日に一畑軽便鉄道として設立され、
1914年4月29日に出雲今市(現・電鉄出雲市)−雲州平田間が部分開業した。
1925年7月15日に一畑電気鉄道に社名変更した。
1928年4月5日には北松江(現・松江しんじ湖温泉)まで延伸開業した。
1930年2月2日には大社線の大師線の川跡−大社神門(現・出雲大社前)間が開通した。
一方、1925年に設立され1928年に広瀬線を開通させた広瀬鉄道は、
1944年10月31日に伯陽電鉄と合併して山陰中央鉄道となるが、
戦後の1948年4月1日に広瀬線は分離されて島根鉄道となった。
出雲大社と厳島神社を結ぶ鉄道として1926年に設立された大社宮島鉄道は、
後の立久恵線となる区間を1932年に部分開業させるが、
その後延伸せずに免許を失効し、社名を出雲鉄道に変更する。
1954年5月1日に出雲鉄道を、12月1日に島根鉄道を吸収合併するが、
この二つの路線は後に廃止されている。
2006年4月1日に一畑電気鉄道が持株会社に移行する。
鉄道事業は新規に設立された一畑電車へ譲渡された。

 北松江線/電鉄出雲市−松江しんじ湖温泉33.9km
 大社線/川跡−出雲大社前8.3km

 2100系

京王電鉄5000系を種車に改造、1994年から1995年にかけて譲受した通勤形電車。
京王重機整備で2両編成×4本=8両に改造された。
普通鋼製、前面パノラミックウインドウ、ロングシート、
1994年譲受車は片側3扉、1995年譲受車は中央扉を廃止して2扉車となった。
制御方式は抵抗制御であり、主電動機は三菱電機製MB-3054、モーター出力75kW、抵抗制御、中空軸平行カルダン駆動。

 3000系

南海電鉄21000系を譲受し改造して1996年12月27日に竣工した通勤形電車。
2両編成×4本=8両が在籍、1997年より運行が開始された。
2両編成のため種車の先頭車のみを連結して組成している。

 5000系

京王電鉄5000系を種車に改造、1998年に導入した急行形電車。
2100系と同じ京王5000系を種車にしているが、前面のデザインを大きく変更、
座席は1人掛け転換クロスシート、2人掛け回転クロスシートとなっており、
2人掛けクロスシートは小田急3100形NSE車の廃車派製品を流用した。
2両編成×2本=4両が在籍する。

2100系2101編成
北松江線
2100系2102編成
北松江線
2100系
「ご縁電車
しまねっこ号」
3000系
北松江線
3000系3008編成
北松江線


5000系
北松江線


 高松琴平電気鉄道

1943年11月1日、戦時統合で琴平電鉄、讃岐電鉄、高松電気軌道が合併して誕生した。
琴平電鉄は1924年7月28日に設立、
1926年12月21日に現在の琴平線の一部となる栗林公園−滝宮間が開業した。
1927年4月22日には高松(現・瓦町)−栗林公園間が開業する。
1938年5月1日に塩江温泉鉄道合併し、塩江線とするが1941年5月10日に廃止している。
讃岐電鉄は1910年5月1日に東讃電気軌道として設立され、
1913年10月15日には現在巣の志度線の一部となる今橋−志度(現・琴電志度)間が開業する。
1915年12月25日に四国水力電気が東讃電気軌道を合併、
1942年4月30日には電力統合に伴い四国水力電気が解散し、讃岐電鉄が設立され事業を引き継ぐ。
高松電気軌道は1909年10月28日に設立され、
1912年4月30日に現在の長尾線となる路線を開業する。
1943年11月1日に3社が合併して高松琴平電気鉄道が発足する。
そごうとの合弁会社がそごうの破綻により倒産、
あおりを受けて高松琴平電気鉄道も2001年12月7日に高松地裁に民事再生法適用を申請、
2002年7月に再生計画の承認を受け、同計画は2006年3月に終了する。

 琴平線/高松築港−琴電琴平32.9km
 長尾線/瓦町−長尾14.6km
 志度線/瓦町−琴電志度12.5km

 600形

元名古屋市営地下鉄の15m級車両を譲受して全線で運用されている通勤形電車。
1969年から1974年かけて製造された車両を1998年から2002年にかけて譲受、
東山線の700形、名城線の1600形、1700形、1800形、1900形が京王重機整備によって600形に改造された。
600形は製造時には中間車両として誕生、先頭車化改造した区分である。
志度線は混雑時3両編成による運用があるため、増結用に800番台が長尾線600系より改造された。
長尾線に2両編成×2本=4両、琴平線に2両編成×2本=4両、志度線に2両編成×6本=12両、600系800番台が4両在籍。

 700形

元名古屋市営地下鉄の15m級車両を譲受して志度線で運用されている通勤形電車。
東山線の300形、名城線の1200形が京王重機整備によって700形に改造された。
2両編成×2本=4両が在籍。

 1070形

元京浜急行電鉄600形を京急車輛工業により改造、譲受した通勤形電車。
2両編成×3本=6両が入線、2両が廃車となり現在は2両編成×2本=4両が在籍。

 1080形

元京浜急行電鉄1000形を譲受して長尾線で運用されている通勤形電車。
1959年から1960年にかけて製造された車両を1988年から1991年にかけて譲受、
2両編成×6本=12両が入線、現在10両が在籍、17.5m級、鋼製車体、片側片開き3扉、抵抗制御。

琴電の車両番号 京急時代の車両番号 製造年 製造メーカー 京急での廃車 琴電への入線年
1081+1082 デハ1011+デハ1012 1988年 東急車輛 1959年 1988年
1083+1084 デハ1019+デハ1020 1989年 川崎車輌 1960年 1989年
1085+1086 デハ1023+デハ1024 1989年 東急車輛
1087+1088 デハ1027+デハ1028 1990年 東急車輛 1990年
1089+1090 デハ1047+デハ1048 1991年 東急車輛 1991年
1091+1092 デハ1043+デハ1044 1991年 東急車輛


 1100形

元京王帝都電鉄(現・京王電鉄)5000系を譲受して琴平線で運用されている通勤形電車。
種車の製造は1969年日本車輛製造と東急車輛製造製、1997年に制御電動車のみ2両編成×4本=8両が入線。
非貫通型、17.5m級、鋼製車体、片側片開き3扉。

 1200形

元京浜急行電鉄700形を譲受して琴平線、長尾線で運用されている通勤形電車。
種車の製造は1967年、1970年、1971年東急車輛製造と川崎車輌(現・川崎重工業)製、2003年から2006年に入線。
2両編成×11本=22両が在籍、鋼製車体、18.5m級、片側4扉、
主電動機は東洋電機TDK-819及び三菱電機MB-3070、モーター出力150kW、平行カルダン駆動。

 1300形

元京浜急行電鉄1000形を譲受して長尾線で運用されている通勤形電車。
1974年、1976年1978年に製造された車両を2007年、2011年に譲受、
2両編成×4本=8両が在籍、17.5m級、鋼製車体、片側片開き3扉、抵抗制御。

琴電の車両番号 京急時代の車両番号 製造年 製造メーカー 京急での廃車 琴電への入線年月
1301+1302 デハ1313+デハ1316 1974年 東急車輛 2007年1月 2007年6月
1303+1304 デハ1290+デハ1298 1976年 東急車輛 2007年3月
1305+1306 デハ1305+デハ1308 1974年 川崎重工 2010年6月 2011年8月
1307+1308 デハ1243+デハ1250 1978年 東急車輛


600形620番台
志度線
600形800番台
志度線
1080形
琴平線
1100形
琴平線
1200形
琴平線


1200形
長尾線
1200形
琴平線
1200形
琴平線
1300形
長尾線


 伊予鉄道

伊予鉄道は松山市を中心に鉄道と路面電車、バスなどの交通機関のほか、
百貨店、旅行代理店、観光事業など幅広く手がける伊予鉄グループの中核企業で、
愛媛を代表する企業グループといえる。
伊予鉄道はもともと松山の中心地と外港である三津とを結ぶ鉄道に端を発する。
1887年に設立され、翌年には四国で始めてとなる鉄道が敷設された。
これが現在の伊予鉄道郊外線の高浜線の一部となっている。
伊予鉄道は更に1896年には森松線、1899年には横河原線と開業させ、
1900年には道後鉄道、南予鉄道を合併して道後線、郡中線とするなど路線を拡大していった。
その一方で1907年には松山電気軌道が三津浜から道後までの路線を開業し、軌道路線を拡充していった。
伊予鉄道と激しい集客合戦を繰り広げたがその競争が祟って累積赤字を繰り返し、
1921年には伊予鉄道に吸収され、それが現在の伊予鉄道市内線の一部となっている。
一時期伊予水力電気と合併して伊予鉄道電気に社名変更していた時期もあったが、
戦時中に切り離されて再び伊予鉄道となり、1965年には森松線が廃止されたが、
松山市を中心に高浜までの高浜線、横河原までの横河原線、郡中港までの郡中線は、
伊予鉄道郊外線として現在も営業している。
伊予鉄道松山市内線は城北線、城南線、本町線、大手町線、花園線とあるが、
実際は松山市駅を出て環状線を一周する系統と、
道後温泉までを往復する市駅線、
松山市駅へは行かずにJR松山駅前で折り返すJR線、
南堀端から本町線に入る系統がある。

 高浜線/高浜−松山市9.4km
 横河原線/松山市−横河原13.2km
 郡中線/松山市−郡中港11.3km

 610系

老朽化した旧型車両の置き換えとして1995年にアルナ工機で製造された通勤形電車。
自社発注車両で、2両編成×2本=4両製造、制御電動車モハ610形、制御付随車クハ660形で組成。
18m級、車体はステンレス鋼製、前面のみ普通鋼製、片側両開き3扉、ロングシート。
主電動機は直流直巻電動機東洋電機製造製TDK-824、モーター出力75kW、抵抗制御、平行カルダン駆動。

 700系

元京王帝都電鉄(現・京王電鉄)5000系を1987年から1994年にかけて京王重機整備で改造、譲受した通勤形電車。
2両編成×2本=4両、3両編成×8本=24両が在籍、2両編成を連結した4両編成の運用もある。
台車は主電動機に合わせて東武2000系廃車発生品FS-340、小田急2220形廃車発生品FS-316に交換されている。
18m級、主電動機は直流直巻電動機三菱電機製MB-3032-A(FS-316装備車)、
及び東洋電機製造製TDK-824(FS-340装備車)、モーター出力75kW、抵抗制御、平行カルダン駆動。

 3000系

元京王電鉄3000系を2009年に京王重機整備で改造、譲受した通勤形電車。
3両編成××10本=30両が在籍、18.5m級、片側両開き3扉、
ステンレス製車体に前面は普通鋼体を使用したセミステンレス車体、ロングシート。
主電動機はかご形三相誘導電動機東洋電機製造製TDK6333-A、モーター出力120kW、
IGBT素子VVVFインバータ制御、中空軸平行カルダン駆動。

610系
高浜線
700系
高浜線
800系
高浜線
3000系
高浜線


 熊本電気鉄道

熊本電気鉄道は鉄道及びバス事業を展開する中小事業者である。
1909年8月15日に菊池軌道として設立され、
1911年10月1日に池田(現・上熊本)から千反畑(現・藤崎宮前)までが開業した。
1913年3月15日には高江から隈府(後の菊池)が開通、
同年8月27日には池田から隈府までが全通した。
開業同時は蒸気軌道だったが、1923年8月31日に電化された。
電化に合わせ1924年4月1日には菊池電気軌道株に社名変更した。
1942年5月1日には菊池電気鉄道に社名変更、
1948年1月1日に熊本電気鉄道株式会社に社名変更した。
1950年10月1日には上熊本から北熊本間が開業したが、
1954年6月1日に上熊本−藤崎宮前間を廃止、
1986年2月16日には御代志−菊池間を廃止した。

 菊池線/上熊本−御代志10.8km
 藤崎線/北熊本−藤崎宮前2.3km

 200系

老朽化した旧型車両置き換えのために元南海電鉄高野線22000系を譲受した通勤形電車。
1998年に22003+22004の2両固定編成1本を譲受し、
入線前に西日本鉄道筑紫車両基地内にある西鉄産業筑紫工場で改造工事が実施、
側面中央部に扉を新設して片側3扉となった。

 5000系

老朽化した旧型車両置き換えのために元東急電鉄初代5000系を譲受した通勤形電車。
1981年に片運転台2両編成×1本=2両、1985年に4両を譲受、
1985年に譲受した4両に関しては両運転台化改造し、単行運行が可能になっている。
1995年から廃車が始まり、現在は上熊本から北熊本までの折り返し運転用として5101、5102の2両のみが現存。

 6000系

老朽化した旧型車両置き換えのために東京都営地下鉄6000系を譲受した通勤形電車。
東京都営地下鉄三田線で使用されていた6000系を1995年から2001年にかけて、
5編成から先頭車のみを西鉄筑紫車両基地内にある西鉄産業筑紫工場で改造、2両固定編成とした。

5000系
菊池線
5000系
菊池線
6000系
藤崎線
6000系
菊池線
6000系
菊池線




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